第5話 時に飲まれる


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「先生さよならー!」

 廊下ですれ違った女子生徒たちが仲間同士で楽しそうに笑いながらすり抜けていく。満面の笑顔を向けられてつられて笑った。担任でもないのに律儀に先生、と声を掛けるなんて小学生かと突っ込んでしまうが、そこがかわいいところでもあった。
 
「気ィつけて帰れよー」

 書類をパタパタ振りながら笑って応える。きゃはは、と楽しそうな笑い声が遠ざかり、放課後の廊下には一人になっていた。

 12月も2週目に入り日が短くなった季節、もう沈みかけの西日が差し込んでいる。眩しさに目を細めながら窓の外へ目を向けると、部室棟の前で運動部がストレッチをしていた。明日から定期試験前に入り、部活動停止期間になるからか、普段よりも感じる熱量は少し大きい。

 生き生きとした顔を見ているうちに、高校生の若さに微笑ましくなり自然と頬を緩むのを感じた。

 窓の戸締りをチェックをしながら、外の空気の冷たさにもうすぐ年末であることを改めて実感する。刺すような冷たさに乾燥した空気がぴりぴりとした。ぼぉっと眺めていれば、昇降口からはちょうど男女が手を繋いで出てきたところだった。
 
「あれ…?どうしたんですか?」
「うん?」

 近くの地学室から出てきた後輩の化学教師が寄ってくる。視線でカップルを指せば、あ、と声を上げた。
 
「わぁカップルか。いいですねー若いですねー」
 
 学内で一番若い教諭が微笑ましそうに言う。君も若いだろと突っ込もうかと思ったが、いくら一番年が近いといえど、現役の高校生を相手にしていればその眩しさが比べ物にならないことを知っている。
 
「そういえばもうクリスマスも近いですしね」
「ああ、道理で」

 それで落ち着きなくソワソワしているのか。
 ここ最近校内に流れている空気にようやく納得する。そういえば駅前はイルミネーションの装飾がされていたし、クリスマスソングがあちこちから聞こえ始めていた。
 
「先生はどうなんですか?クリスマスのご予定は」

 弾んだ声が聞こえ、隣を見ると後輩教師が楽しそうに笑っている。

「俺はないよ、なんにも」
「えぇー!なんて寂しい!」

 肩をすくめて言えば、他人事のように声を上げる後輩を見て小さく笑った。残念ながら恋人の一人もいないんだな。

「浅香先生もう帰られるんですか?」

 全ての戸締りを確認し終わり準備室へ戻ろうとすると、後から声を掛けられた。

「いつも早いですよね」
「ああ、まぁ今日はちょっと」

 ついさっきクリスマスの話をしたからだろうか。パッと目を輝かせた後輩は何かを勘違いしているらしい。ぐっと手を握りしめて応援しています!と声を上げた。

 軽く挨拶をして学校を出る。まだ6時を少し過ぎたくらいなのに、もう外は暗くなっていた。白い息を吐き出しながら、かじかんだ指でスマートフォンを確認すれば連絡が一件入っていた。開くまでもなく用件は分かっている。画面を落とすと俺はいつもの待ち合わせ場所へ向かった。

 ターミナル駅の1つだから栄えているほうなのだとは思う。改札を出たところには大きなクリスマスツリーがあり、飾りつけが電飾の光を受けてちらちらと光っていた。

 寒い中店には入らずツリーの下のベンチに腰掛ける。寒さにマフラーに顔を埋めて縮こまった。ちょうど電車が来たのか、改札からはどっと人が流れてきていた。浮かれたカップルの多いこと。クリスマスだなんだ、楽しそうで。

 ピコンとスマートフォンが振動してメッセージを伝えた。画面を開けばただ一言、『北口停留所』と来ている。刺すような冷たい空気が頬に当たる。鼻水をすすりながら立ち上がって、指定された場所へと急いだ。


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