第1話 侘しく願う
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「え、悪いし飯くらい奢るよ」
「だからいい」
食堂と隣接した自習スペースになっている学生ホールで、コピーを終えたプリントを受け取りテキトーにバックへ放り込む。コピーしている間にも何かと俺に話題を振ってくる人見にことごとく一言二言で会話を強引に終わらせていたが、懲りずに話しかけてくるこいつはけっこうウザかった。一緒に飯を食うなんてさらに疲れる。
「でも何かお礼させてよ」
「お礼なんてありがとうで十分だろ」
まだ引き留めるのか。早く解放させてくれ。鬱陶しさにそう言えば、なぜだか人見は目を輝かせた。
「なにそれ、かっこいい!」
ぱっと顔を輝かせ人見は笑った。あまりにも眩しすぎて視線を逸らす。まだたったの20年ちょっとしか生きていない拗れていない人間は、俺にはちょっと刺激が強いらしい。
それにこいつはきっと友達にもたくさん囲まれて、たくさんの人に愛されている。そんな明るさがあった。だからこんなにも無邪気に俺にかまえるのだろう。
「浅香っていつも一人だよな。こんなに面白いのにもったいない」
「は?いいから早く俺の学生証返してくれる?」
コピー機の使用には学生証が必要だ。学生証を忘れたとか馬鹿なことを言う人見に貸したのが間違いだった。睨みつける俺のことは一切気に留めないで、人見は両手で小さなICカードをもてあそびながら首を傾げた。
「なんでいつも一人なの?」
「…一人が好きだから」
俺が一人でいようがそんなこと人見には関係のない話だ。無神経な大男に次第に腹が立ってくる。
「俺にはそうは見えないんだけどなぁ」
「お前俺の何見てんの?今お前と話してるより一人のときのが断然楽しそうにしてるだろ俺」
「でもわりとよくしゃべるし」
「口数が多いから楽しいとは限らないんだよ?なに、群れてる連中にとっては黙ってるイコール楽しくないなの?」
「そういうわけじゃないけど、浅香はそうやって毒吐いてるほうが生き生きしてるよ」
「そりゃしゃべってる時のが表情筋は動くだろ。だいたい俺だって人間なのでしゃべるし笑うし…何笑ってんの?」
クスクスと肩を震わせる人見を見上げた。大柄な割に動きが落ち着いているからか、人見には同年代特有の騒がしい雰囲気はあまりなく大人びていた。
なんだか馬鹿にされているような気がして居心地が悪い。俺も何ぺちゃくちゃしゃべってるんだ。ムキになって言い返す必要なんてどこにもなかった。久しぶりに人と会話できたからって調子のってんじゃねーよ。思わずしそうになった舌打ちをすんでのところで飲み込む。
落ち着きを取り戻した頭は冷えて重い。虚しさと悔しさが浮かんだ。
「………」
人見の手から学生証をむしり取り、逃げるようにその場を後にする。これ以上調子を崩されるのは嫌だった。早足で歩いていると後ろから焦ったような人見の声が追いかけてきた。
「ごめん浅香!怒んないで!」
人見の声を聴いて思わずハッと気づく。確かにあんな逃げ方をしたら怒らせたと思われても仕方ないだろう。誤解を与えたままにしては人見の中で俺の存在が残ってしまう。もともと影の薄い存在ではあるが、ここまで来て何か揉めるようなタネを作ってしまっては積み上げてきたものが崩れかねない。
「ねえ浅香!」
どんどん声が近づいてくる。正直好きで人と関わらないのだ、という拒絶を感じ取ってほしい。一人が好きだと、人と関わりたくないのは本心だと、それをわかってほしい。無神経な人見は何も悪くはないが、どうしても苛々としてしまう。
身長の高さからリーチの長い人見は俺の早足に軽々とついてきている。覚悟を決めて、触れられる前に後ろを向いた。急に止まった俺にびっくりしている人見とぶつかりそうなほど距離が近くて、思わず後ずさる。
「…怒ってないから」
「いや、怒ってんじゃん!そもそも俺も図々しかったよなーって」
「うん、じゃ」
図々しいうえにしつこい。放っておけ、と心の中で付け加える。足早に立ちさろうとしたときには腕が掴まれていた。
「…え、それだけ?」
「は?他になんか必要?」
「あー…えっと……いや、そこはせめて否定しろよー…とか?」
実際図々しいんだよな。それを否定しろだなんておこがましい。
「いやなんもないだろ。離してくんない?」
「あ、ごめん」
「いいよ、別に」
もともとたれ目でぽやんとした顔の人見がさらにポカンとした顔をしている。早く手を離してほしい。何がそんなに不思議なのだ。
「おい、手」
「………あ!ごめん」
「さっきから何そんなに謝ってんの?」
「い、いや…なんか浅香ってなんか思った印象と違くて」
根暗でけっこう。思った印象と違ったら謝るのか?なんて上げ足取りそうになるが、これ以上こいつと話しているのも調子が狂うのでそこは耐える。わたわたとかぶりを振る人見は阿保らしくて見ていて面白かったが、今度こそさっきよりも早足で人見から逃げた。
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