第1話 侘しく願う


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 用は済んだのに人見はなかなか前の席から動かなかった。えんえんとどうでもいい話をしている。それを俺は窓の外をぼおっと眺めながらテキトーな相づちを打っていた。

「浅香ってもしかして踏切の近くのアパート住んでる?」

 予想もしなかったことを聞かれ反射的に人見に顔を向けていた。

「……そうだけど」
「そんなドン引いた顔しないでよーたまたま見かけただけだって」

 引きこもりの俺を見かけるなんて奇跡だぞ?そう不信感のこもった目で人見を睨めば慌ててかぶりを振った。

「てか俺もそこ住んでるし」
「……え、まじ?」
「そうそう。俺103号室」

 クソが。俺の真下じゃねーか。じゃあこいつはもうずっと俺の存在を認識していたのか?

「まあ知ったのはほんと最近なんだけどねー」

 はははと笑いながら人見が言うが、俺は心でも読まれたのかと思ってゾッとした。
 とはいえたまたま同じアパートに住んでいたとしても馴れ合うつもりはない。なんだか私生活に他人が入って来たような気がして嫌な気分になった。目立たない、をモットーにしているにも関わらず冷たい声が出る。

「てかいつまでいんの?せっかく前の席座ってんのにお前みたいにデカい奴いたらなんも見えないんだけど」
「わあああデカくてごめん!」
「嫌味か?」

 なんで何十回と成長期から繰り返してるのに身長は変わらないんだろ。血筋の限界か?
教室には続々と人が集まってきている。俺が目立たなくても人見が目立つ。人見と話してる俺が見られる。相変わらず人見はアホなのかバカなのか、俺のこんな人格を疑うような邪険な態度を気にも留めない。周りの視線にも気づかない。

 そのとき教室へ一段と派手な連中が入って来た。前の席に座る人見を見て眉を上げるのが見え、反射的にまずいと思いイヤホンを耳に突っ込み下を向く。一瞬不思議そうな顔をした人見が声を掛けられすぐ顔の向きを変えたのが分かった。

「どうしたんだよ佳祐。今日そんな前で授業受けんのか?」
「んーちょっとここは首が痛いかなぁ」
「嫌味か」

 イヤホンをつけたところで何も流していないのだから、会話は筒抜けだ。人見の悪気のない高身長自慢にさっきの俺と全く同じつっこみを入れられている。なにを思ってか人見がくすくすと笑った。

 立ち上がり、今来た連中と連れ立って後ろの席へ移動していく。ちらりと上を見上げれば、またね、と口を動かすのがはっきりと見えてしまった。足でも引っかけてやりたくなったが、睨むだけで我慢した。
 何がまたね、だ。ふざけるな。

 当然だが、人見がいなくなってから俺の周りは急にシンとした。話す相手なんてもとからいなかったし、この静かさに今更違和感を感じることもない。
 それにも関わらず、今まで気になったことのない周りの話声や笑い声がやたらと耳についた。

「……どいつもこいつも…馴れあいがそんなに楽しいか?」

 口の中でぼそりと呟く。なんとも惨めな気分になった。こんなことを考える自分も、あの一瞬でそうとう人見に毒されたな。

 まったく馬鹿だろ、俺。思い出せ。これは何度目の人生だ?俺はここにいる誰よりもずっと長く生きているんだ。こんな奴らには理解されないほどの人間なんだ。比べ物にならないほどの経験を積んできたんだ。勉強だってあらゆるジャンルを抑えてる。仕事だっていろんなことをさわりだけだがやってきた。映画も本もアーティストもとにかく知識量だけは膨大だ。

 あとはそう、腹を刺されたり海に沈められたり、首を絞められたり、毒を盛られたり。
 こんな俺と誰が同じ次元で話ができると思ってるんだよ。

 大丈夫だ。俺はすごい。俺は強い。

「……」

 なんでこんな思いをしなければならないのだろう。

 大丈夫、俺はこいつらと違って何でもできるから。そうやって惨めな自分を励まして、どうして俺は一人なのだろう。どうして常に楽しそうな彼らに突っかかっているのだろう。
 もし一度も殺されることもなく人生を歩んだら、俺はどうなっていただろうか。あんな風に友達と戯れて、馬鹿な話をして笑いあえていたのだろうか。

 人見も、他の大勢もきっと俺の見たことのない世界をこれから見ていくことになる。こんなに生きることに時間を費やしている俺が一度もたどり着けない未来を見れる。

 ――羨ましい。

 今まで思ったこともない感情が腹の中で渦巻いた。

 ああ、気づきたくもないことに気づいてしまった。
 そうか。俺はずっと羨ましかったんだ。未来に希望を持った身の回りの人間に、ずっと嫉妬していたんだ。

 嫉妬か。

 そっと反芻する。醜い感情だと思う。

 一番こどもなのは、俺じゃねぇか。

 見上げた視界に映る世界は相変わらず靄がかかったように暗く灰色だった。



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