第2話 まんじゅう怖い


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「で、なにこれ」
「まんじゅう!」

 にこにこと笑う人見を前に差し出されたよもぎ饅頭を眺める。これまで一人でぺちゃくちゃ話していた内容からの因果関係が謎すぎて理解できない。
 いわく、
 
「この前バイト先にさー、あ、俺コンビニでバイトしてるんだけどね、友達が来たんだけどそいつと一緒にいたのがまた別の友達の彼女だったのよ。これもしかして浮気かな?とか思って接客してたらなんかすげーその女が俺に目配せしてくんの。これは口止め的なアレなんかなーと思ってたら、次の日その彼女に呼び止められて。なんとペアチケットあるから映画見に行かない?とかいう誘いだったんだわ。女って怖いねー」
 
「いや饅頭関係なくないか?」

 それただ友達いない俺に対する遠回しの自慢じゃないか?ただのリア充アピールじゃないか?
 控えめに言って爆発してくれ。

「いやだからね、さすがの俺もちょっとカチンと来たんだけど、あの時彼女よもぎ饅頭買ってったんだよね。なんかババ臭くて逆に好感持てない?」
「知るかよ」
「でもこれが思いのほかおいしかったから、ほらあげるって」

 ぐいぐいと饅頭を押し付けてくる人見は封を開け始めた。そのまま結局自分で食べるのかと思いきや、笑顔のごり押しで俺の口に突っ込んできやがった。

「んんっ!ちょ、ま…んぅ…」
「ちょっとぱさついてんだけど以外と美味しくない?」
「ゲホッゴホッ」

 ああ、そうですね。パサついてるから一気に口ん中突っ込まれたらそりゃ水分全部持っていかれるわ。おまけに醜態晒させやがって。
 悪意を込めた目で人見を睨みつけた。

 俺はそもそも人との距離感に慣れてないんだ。無関心、無関係で生きてきたから、人見のように他人のパーソナルスペースに土足で踏み込んで来るような奴の相手なんざしたことがないんだ。他人にものを食べるところを見られるのは苦手だ。他人に触られるのも苦手だ。他人と話すのも苦手だ。

 人見佳祐は嫌いだ。

「やべ、教授来た。浅香、ちゃんと噛んで飲み込むんだよー」

 ほわほわしたオーラをどでかい図体に漂わせながら人見が後ろへ去って行く。中指を立てるのは脳内だけにしておいた。
何も好きであいつの話し相手になっているのではない。俺はあくまで人見にとってなんでもない存在でいたいのだ。

 ヘタに嫌われたり恨まれるのを避け、ただ邪険に扱いながらも拒絶というものをしなかったら、俺を見かけるたびに人見がやってくるようになった。数少ない必修の授業前、学生食堂、通学時間が被った時…。いったい何がそんなに楽しいのだろう。幸いゼミは違うし会う機会自体が少ないのだが。

 自分から他人を寄せ付けなかったことと、こんな性格も相まって、俺にこんな長期間絡んでくる奴はいなかった。そう考えるとよくやってきたなと思うと同時に人見の異常さが際だつ。
 性格の悪さはあくまで他人に危害を与えることのないもので、とっつきにくさは今までに身に着けてきた知識と技術でカバーしてきたから他人との関わりなんて最低限でやってこれたのだ。

 変に人見と打ち解けたくない。人と関わるなんてろくなことがない。それに、やっぱり怖かった。
 人見と話すことでとっくに日常になっていたあの孤独感が急に怖くなるのだ。人見がいなくなったときの空白感は言葉にしようがない。結局人肌恋しいんだってことはとっくに分かっていたつもりだけれど。

 でも、だから嫌だったんだ。手放したくなくなってしまうから。うぬぼれて居心地のよさの上にあぐらをかいてしまう。

 早いうちに切らないとな、と思う。人見から俺への関心をどうにかして薄めさせるのだ。
 大きなため息を吐き出した。

 思うだけで無駄だってことは身に沁みて分かっている。だいたい人の感情なんてコントロールできるものではないのだから、自然と人見が俺から興味を失ってくれるのを待つしかない。しかもここが一番危険だ。気持ちが離れていくときは、それなりの恨みや嫌悪、そういったものが付随してしやすい。それじゃあ俺が積み上げてきたものの意味がないじゃないか。

「…ハッピーエンドって何なんだよ」

 図々しく図太い、そのうえ押しつけがましい人見のせいなのだろうか。

 珍しく、生きていたいと思った。


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