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◇
妙な出会いだった。それから何度か夜のコンビニで例の男に会った。決まってライターをねだられ、世間話でもない抽象的な話をする。
わかったことは、ちゃらんぽらんなヤンキーみたいな風貌で、あいつもそれなりに人間関係に疲弊してるってことだ。
友達が嫌いなわけでもない、むしろ好きだ。一緒に馬鹿をするのは楽しい。彼女のことだってちゃんと好きだ。だけど疲れる。どうしようもなく、一人になりたくなる。
なら一人でいればいい話だが、人との付き合いにそんな我儘ばかり言ってられない。
深い付き合いがあるわけでもない、ただ夜のコンビニで鉢合わせただけの男との会話は、妙に肩の力が抜けて気疲れすることがなかった。人間関係に疲弊すればするほど、白紙の自分をさらけ出すのが気持ちいい。
いつしか、夜のコンビニに行けば会えるものと思うようになってしまったが、そんなわけでもないはずだ。名前も知らなければ、年も知らない。どこに住んでいるのかも知らない。いつぱたりと会えなくなるのか、寮を出る前にひやりとする。
この関係が楽なのだ。唯一、張り詰めた息を煙草の煙とともに吐き出せる相手。一歩踏み出せば崩れてしまう関係を、絶妙なところで保っている。変に情が生まれれば他人を保つことは難しい。
「はろはろー。ライター貸してちょんまげ〜」
「うぇ、来たな」
ポケットから取り出したライターはやけに軽かった。そろそろ替え時かもしれない。何日か前から一発ではつかなくなってしまっていた。
投げてよこしたライターをカチ、カチと何度も鳴らす音が隣で聞こえる。田んぼから聞こえる虫の声は秋の虫になっていた。肌にあたる風も最近はもう涼しい。隣の男も、今日は一枚薄手のパーカーを羽織っていた。
最初に会ったのが夏の終わりだったから、もう一か月はこんな何とも言えない付き合いをしていることになる。
「なぁ、これつかないんだけど」
「まじか、じゃあそれやるよ」
「いらねーよふざけんな、火よこせ」
「買ってくればいいだろ、俺がもらうから」
「人に買わせるんじゃねぇよ」
腕に温かい体温を感じた。びっくりしたのをなんとか表に出さないようにしながら横を向けば、男がぴったりとくっついている。暑苦しい季節はとうに過ぎた。振り払いたくなる熱じゃない。開いた口から紫煙がゆらゆらと出ていった。
「……なんスか」
「ニコチンが切れてる」
「いらいらすんな」
至近距離で男が火のついてない煙草をくわえる。パサついた明るい茶髪が頬に当たった。アーモンド形の二重の大きな目は、伏し目になってまつ毛の長さが目を惹いた。
童顔だとは思ってたけど、近くで見たら以外と綺麗な顔立ちをしていることに今さら気が付く。きめの細かい肌はあまり日焼けをしていなくて、ちょっと白かった。
そっと、火のついた煙草に先端が押し付けられる。
「吸って」
くぐもった声に従えば、コンビニの明かりを背に受け、仄かな赤がぽっと浮かんだ。
ちら、と横目に男を確認すれば、ばっちりと目が合ってしまった。にやりと笑いかけられ、ふっと煙を吹きかけられる。
「わっ、ばか」
満足気に煙草を吸い始めた男はけらけらと笑っている。不意打ちの至近距離に驚いた心臓が音を立てていた。
友達でもここまで近づくことはない。だって、さっきの距離は彼女とキスでもする時くらいの近さだ。
煙草のフィルターを通して共有した息に意味があるわけではないけれど。
「つーか今日寒いな」
「なんか今日近いんだよ。俺で暖とるんじゃねぇ」
「寒いから今日は焼酎の気分だなぁ」
集荷のトラックが駐車場に入ってきた。眩しいヘッドライトの明かりが紫煙に霞む。気だるげに前に伸びた男の手がトントンと灰を落とした。
「そういやこないだ、夜光虫を見に行ったんだよね」
「へぇ、近くの海で見れんの?」
「そうそ」
「どうだった?」
「綺麗だったよ。波で光がぶわわーってなって。まだ暑かったから、ざばざば入って遊んでた。振動でか知らんけど、歩いたところが青く光んの」
ロマンチックでありながら、酒に煙草に花火に海。パリピの夏の集大成みたいな思い出だな。横にぴったりとひっつかれ、腕と太ももに温かさを感じる。見た目のわりに騒がしさの欠片もない男が空を見上げるようにして煙を吐き出した。秋の虫のちょっとだけ寂しい響きに混じって、上空を飛ぶ飛行機の音が聞こえてくる。
「彼女とドライブデートがてら行って来いよ。そんで俺への情報提供の駄賃に焼酎買って」
「脈絡ない話だと思ったらそこにつなげんのかよ」
心の友、とか言って汗を流しながら缶ビールで乾杯した夜を思い出す。確かに今日は少し寒い。気づかないうちに毎日ちょっとずつ、季節は変化していたのだな、と今更感じる。
ふいに首元にふわふわした髪が押し当てられ、ぎょっとした。肩が跳ねそうになったのをすんでのところでこらえ、横目に見下ろす。
「……疲れてんの? 珍し」
「寒い」
「あっそ」
コンビニの前でたむろし、煙草を吸いながら缶ビールで乾杯してるのもそこそこ近寄りたくないが、男と男がぴったりと体をくっつけ頭を肩に預けてる絵面も見れたもんじゃない気がした。
隣の男はくすぐったい猫っ毛を揺らしながら、短くなった煙草を地面にもみ消すと、だらりと腕を垂らしたまま溜息を吐いた。
「アメスピくんは一服がなげぇな」
「それがいいんじゃん」
「口寂しいんだけど」
「知るか」
微かに甘い匂いが漂ってくる。煙草の煙の匂いだとずっと思っていたけれど、もしかしたらそれだけじゃなかったのかもしれない。こいつ自体がどことなく甘い匂いを漂わせている。さっき火を分けたときにも襟元から仄かな香水の匂いを感じた。こんなに近づいたことなんてなかったから知らなかったけれど。
いつもはやたらとどうでもいい話を延々と続ける男は、今日は微動だにせず、やけに静かだった。
「お疲れじゃん。今日はおとなしい」
「……君ってけっこう綺麗な顔してるよね。地味だけど」
「は?」
ふいに顔を上げた男と目があった。大きな目は、それこそモデルのように綺麗な形をしている。綺麗な顔をしてるのはお前だろ、と心の中で呟いた。
熱を感じるくらい肌が近づき、鼻先が擦れ合う。触れるか触れないかくらいのところで、唇が重なった。まるで事故のような、偶然ぶつかってしまったようなソレ。
高校生の頃、友達とふざけてポッキーゲームをしたのを思い出した。あの頃のようにおどけて爆笑して、ふざけ合うような関係でもない。ただ近づきすぎて当たってしまっただけのようなもの。
キスでもなんでもないのに。欲をはらんでいない熱はやけに心地よかった。
「なんかさぁほら、ハグとかキスでストレスって減るらしいじゃん?」
灰がこぼれて落ちていく。なんだ、それ。馬鹿じゃねぇの。
吐き出せなかった煙が口元を漂っていた。ようやく掠れた声が出る。
「安くすんでいいな。ハグでもしとく?」
「しねぇよ、アホか」
たった今唇触れ合わせてきた男が何言ってんだ。アホだと思うなら、妙な真似するなよ。肩を振るわせケラケラ笑った男が、どっこいしょと言いながら立ち上がった。愛嬌のある笑顔を浮かべてひらりと手を振る。
「そんじゃ、俺は山のような課題を片付けに退散しますわ」
「おー、ご健闘を」
「どーも」
どうやらそこそこ参っていたらしい。かさついた唇に指を当てて、リップクリームでも買おうかな、なんてらしくないことを思った。
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