3.純白に滲む


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「あちー疲れた。休憩しよー」
「そればっかだな、悟利くんは。もうちょい体力つけようぜ」
「なんでジェットコースターなんてものを人類は作り出したのかな。希死念慮の表れ? 人生はエンターテイメントだって? 絶叫しながら死に絶えたいなら一人でやればいいじゃん。もはや臨死体験だね。こんなリハーサル活かされる場一生ないんだけど。マジで吐きそう。ようちゃん、吐いていい?」
「俺の襟首掴みながら言うのやめてくんない?」
「はぁ? 俺のゲロくらい優しく受け止めろよ」

 目に入った長蛇の列へと手を引かれるがままに並んでいったが、この義弟、絶叫系が駄目らしい。並ぶより前にどんなアトラクションかくらい確認すればいいものを、なぜ学ばない。頭いいくせにそこ面倒がるなよ。

 青い顔をした悟利くんは吐くまで行かずとも、そこそこ参っているようで、ショップ近くベンチに座らせた。げんなりした顔で額に手を当てる悟利くんを道すがらの女子大生がちらちらと見ている。水なりお茶なり買ってきてやりたいが、俺がいなくなれば即行であの子たちに声をかけられるだろう。今の悟利くんに他人に愛嬌振りまく体力が残っているかは怪しい。傷つけるようなことは言わないだろうが、なるべくいらん体力を消費させるのは避けたいところだ。

「お茶、俺の残りと新しいの買ってくるのだったらどっちがいい?」
「ようちゃんと間接キス」
「選択肢外の答えをするなよ」
「ようちゃん、コミュニケーションは探り合いだ。相手の1から10を読み取る。つまりようちゃんは俺と間接チューがしたい、そういうことだよね」
「言ってねーわ」

 疲れるといつも以上に饒舌になる。若干目を回している悟利くんの焦点は怪しい。きゅっと掴んで離さない俺のシャツの裾を悟利くんがさらに引っ張った。

 しかたなく隣に腰を下ろして、飲みかけの凍らせたペットボトルを渡す。外の暑さでほとんど解けているが、まだまだ冷たさは保っている。喉を鳴らす悟利くんにパンフレットで風を送った。
結露した水滴が悟利くんの腕を伝う。透明な雫に夏の日差しが反射した。白い喉仏が何度も上下するのを細目で眺める。細くて、白くて、簡単に折れてしまいそうな繊細さだった。

「……熱中症気味なら塩分だよな。俺、何か買ってくるけど」

 ぷはっと口を離した悟利くんが息をつく。日陰に風が吹き抜けた。柔らかい悟利くんの髪が緩やかに巻き上がる。

「いいって、別に大丈夫。心配ならキスしてよ。そしたら治るよ、プリンセスみたいに。なんつったって、ようちゃん。キスには死者蘇生なんて効力が」
「ねぇよ」

 よく回る口だな。さんざん内臓振り回されてグロッキーになってたのに絶好調だな。

 呆れて視線を逸らせば、日向の園内を歩くカップルや家族連れ、夏休みを楽しむ学生グループが目に入った。幼い子どもの興奮した笑い声にジェットコースターの悲鳴が混ざる。茹だる暑さに地面からはゆらゆらと陽炎がたって見えた。

 こんな夏の暑い日に外の遊園地とか、もはや灼熱の地獄めぐりのようなものだ。そろそろ夕方近いというのに、まだまだ炎天下。それなのに人は多いし、みんな元気だし。すれ違う赤の他人はみんなして楽しそうで、そんな熱に飲まれそうだった。体感温度は2℃高い。

「ようちゃん?」

 そういえば職場の後輩も週末に遊園地に行くって言ってたな。2歳だったっけ? まだ1歳? ちっちゃい子どもを連れて奥さんと。ああ、なんかベビーカー引いた若い夫婦がみんな後輩に見えてきた。あの人とか背格好も似てるじゃん。

 ああ、そんな急に走り出したらこけ……ほら、やっぱり転んだじゃない。びーびー泣いてる2歳くらいの男の子に母親が駆けつける。微笑ましい光景に笑みがこぼれた。
 先輩のところもこのあいだ3人目が生まれたんだっけ。たしか女の子。可愛らしい写真を見せてもらった。上二人が男の子だったから念願の女の子にデレデレで。帰り際もやけにウキウキしている。

 ちょうど向かいの出店前のベンチには、ソフトクリームを女の子に食べさせるお父さんがいた。頬の緩んだそんな顔、きっと会社じゃ誰も知らないんだろう。

「……ようちゃん」
「っ……ん? なに?」

 珍しく強い口調で呼ばれた。常に柔らかいほんわかした悟利くんの声にしてはやけに硬かった。


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