3.純白に滲む
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◇
友屋家に戻ったのは、まだ日が沈み切っていない時間だった。紫色に染まった空にしぼんだ朝顔の滲んだ紫が同じ色をしていた。
夕暮れのくすんだ色に、友屋の家の雑木にも影が落ちる。ひぐらしが鳴く。人の子でも攫われそうな夏の夕方だった。
そろそろ明かりをつける頃合いだ。薄暗い日本家屋の廊下で俺は立ち止まった。
悟利くんはしぶしぶといった感じでお義母さんに夕飯の仕込みの手伝いに連れていかれ隣にはいない。
視線を感じた。気配を感じた。
俺はその時、やけに廊下の奥の部屋の存在を強く感じたのだった。じっと見られているような、それが視線なのかはわからないが、吸い寄せられるようにその部屋へ向かっていた。
お盆に俺が間違えて入り、倒れたその部屋だ。床のきしむ音を聞きながら、心臓が大きく音を立てる。
襖に触れた手が震えていた。何かがこみ上げてくるような緊張に吐き気を覚える。唾液を飲み込んで一気に襖を開けたとき、強い芳香に包まれた。
人工的な匂いではない。嗅ぎ慣れた花の香りだ。
掛け軸のかかった板の間の上に、淡く発光しているかのような真っ白の百合の花が生けられている。縁側から入ってくる風にゆらりゆらりと首が揺れた。
カサブランカの花粉の彩度の高いオレンジが振り子のように揺れる。そのオレンジと同じくらい明るい色をしたほおずきも、綺麗に生けられていた。
植物は誘うように揺り動く。
キツネに包まれたような気持ちと同時に、頭の中に疑問が浮かぶ。これは今朝悟利くんが持って帰ったうちの庭の花たちだ。たまたまなのか? たまたまこの部屋に生けているだけなのか?
俺でもほとんど入らないよ、と笑って言った悟利くんの言葉が思い出される。動悸がした。
何がおかしい? この動悸はなんだ? ここに何がある? 何に違和感を感じている?
嫌な予感とはまた違うものなのかもしれない。ただ胸の内をかき回されるような不安感が大きさを増していく。
何かがある。触れてはいけないなにかがある。それは一体なんだと言うのだ。
廊下をすごい勢いで走る足音が聞こえてきた。
俺が押し入れの襖を引くのと同時に、悟利くんの悲鳴が響き渡った。
「――いけない!ようちゃんっ!!」
「……え、」
だらりと腕が垂れる。頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲った。心臓が破裂しそうなほど痛んで、力の抜けた足が数歩後ずさる。
「な……なに、」
「なんでここにいるの!」
悟利くんは真っ青な顔をしていた。そう思ったけど、日の落ちた部屋は部屋全体が薄青く染まっていた。
「悟利くん……なんだよ……なんだよこれ」
笑顔を浮かべる栞里は動かない。当たり前だ。だって写真だから。仄かに香るのは香の匂いか。
漆の艶やかな黒に、彩飾の金がちかちかする。
それがなんなのかなんて、成人をとうに超えてる俺に分からないはずがなかった。
仏壇だ。
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