3.純白に滲む


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「どういうことだよ!!」
「お、落ち着いてようちゃん」
「ふざけんなよ! 落ち着けるか!? なぁ、嘘だろ? 嘘だよなぁ?」

 大きく目を見開いた悟利くんの目元がみるみるうちに赤く染まっていった。居たたまれない義弟に俺はさらに掴みかかった。

「いつもみたいにふざけてんだろ! 俺のこと騙して笑ってんだろ、なぁ!」
「ようちゃん!!」

 ついに悟利くんの目から涙がこぼれでた。一瞬、息が止まる。頭は沸騰したように次から次へと、目まぐるしく動いていた。荒い息が漏れる。悟利くんの噛みしめていた唇が薄く開く。がくがくと震えていた。

「……っ、姉ちゃんは死んだよ」
「は、」
「だから死んだんだって、一年前に!」

 怒鳴りつけるような悟利くんの声はもはや絶叫に近かった。心臓が止まったかのように、意識が遠くなる。ぱたんと、畳に座り込んでいた。明け方に見る夢のように、記憶が脳内を駆け巡る。

「嘘だ……お前、何言って……だって、失踪だろ?」
「違う。ようちゃんだって見たんだよ。棺の中の姉ちゃんを一緒に見ただろ」
「……じょ、冗談も」
「震えて箸が持てないようちゃんも分まで俺が姉ちゃんの骨拾った」

 悟利くんの涙がぽたぽたと降ってくる。その聞いたことがないほどの強い口調は、怒っているときの嫁とよく似ていた。

「な、何言ってんの……?」

 黒い瞳と目が合った。嫁とよく似た瞳だ。手を伸ばしてその頬に触れる。柔らかい肌に手を沿わせて、首筋に触れて、手首を掴んだ。

「……栞里……栞里、」

 切なく漏れる声に、悟利くんが俺の手を振り払った。すがりつくように、胸にしがみつく。

「うそだ……栞里、なんで……栞里」

 ひんやりとした肌の感覚を確かめながら、必死に目を合わせた。大きな瞳は揺れている。この目をずっと見てきた。ずっと、ずっと。一年前に姿を消しても、ずっとそばにあった。

「なぁ、栞里……栞里なんだろ」
「っ……!」

 突き飛ばされた拍子に勢いよく仏壇にぶつかった。いろいろな音が飛び交い、倒れた線香立てからこぼれた灰を頭に被った。
 倒れ込んだ俺の上にすかさず悟利くんが馬乗りになってくる。見たこともない顔をして震える義弟の姿に、頭が真っ白になった。

「……あ、あぁ」

 頭が痛い。胸が張り裂けそうだ。記憶が繋がらない、呼吸が辛くなる。酸素が足りない。
 悟利くんが震える手で俺の襟もとを掴んでいる。わなわな震える唇が次に何を言うのかまったくわからなかった。
 俺の頭にあるのは、浮かんでくるのは嫁のことだけで。混乱した頭が、必死に記憶をたどっては頭痛で思考が切断されるのを繰り返す。

「しおり…栞里っ……!」
「っだから、栞里じゃねぇっつってんでしょうが! 俺は悟利!!」

 塩辛い涙が絶え間なく落ちてくる。胸倉をつかんだ悟利くんが大きく震えた。

「ようちゃんの……っようちゃんのバカぁああ!! ひっ、う、うわあああああああん」

 その後は大変だった。

 新生児のように泣き喚き始めた悟利くんの泣き声に、飛んで来たお義母さんが俺の上から悟利くんをひっぺがした。仏壇に縋り付くようにして大泣きする悟利くんを俺は呆然と見ていた。

 まるでぶたれたような顔をして、お義母さんが俺の肩を抱く。涙が肩を伝っていく感覚に顔を上げれば、義母は涙を流しながら「ごめんね」と繰り返した。

 ズキズキと頭が痛む。もう慣れた痛みだ。いつから? そんなのずっと前からだ。この一年、慢性的な頭痛に悩まされてた。

 直近一年の記憶はなぜだかひどくあやふやだ。毎朝飲む二粒の錠剤がある。あれって何のために飲んでるんだっけ。去年の俺は何をしてた? 仕事をしていたような気がする。
 でも、そんなあやふやさを気にかけなかったのは、きっと全部知っていたからだ。

 床がぐるぐると回転していくようだった。身体が芯から冷えていく。
 理解しがたい事実を包むオブラートがバリバリと音を立てて破かれた。

 ああ、そうだ。
 なんで? 嘘って言ってよ。

 忘れてた。思い出したくない。

「っ、は……」

 認めたくないから。認められないから。

「っう、ぁ」

 そうだよ、知ってた。全部わかってた。

――本田栞里はもういない。

 一年前に事故で死んだんだった。

「……っ」

 微かな風が風鈴を鳴らす。百合の花が頭をもたげた。さわり、さわりと揺れている。薄暗い闇は甘い芳香に包まれていた。


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