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「――先輩!」

 潰れた人間も出始めカオスと化してきた酒の席で、俺は残った梅きゅうをつまんでいた。上野はどうやら同じソシャゲにハマっている新入生と仲良くなったのか、すっかり意気投合して楽しそうに話してる。

 普段はたいして盛り上がらない飲み会なのに、耳に入る大きな笑い声はいっちょ前にパリピ集団だ。一際でかい衣笠のゲラ笑いが鬱陶しい。ちら、と見やれば眉を下げぎゅっと目を細くして顔全体でげらげら笑ってる。たのしそーなことで。無意識にスマホに手を伸ばしてカメラを起動しそうになり、直前でハッと思いとどまった。飲んでないのに飲み会の空気に酔ったみたいだ。

「先輩!」

 でも、だって。

 あいつ、俺の前じゃああやって笑わないじゃん。衣笠が友人に向けるあの笑顔を、俺は写真の中でしかちゃんと見たことがない。

「せーんぱい!」
「っ、ぅお」

 顔の近くで呼びかけられて、思わずびくりと体が震える。ハッとして隣を見れば、俺が最初に声をかけたあのグレー髪の一年生だった。グレーがかった髪はよく見たら色落ちでそうなったものらしい。もとはもっと明るかったのだろう。俺も一回くらいそんな色にしてみたい。きっとこの子のように馴染むことなく悪目立ちしてしまうんだろうけど。それでコソコソと噂されるんだ。え、やばくない? いきなりどうしたの? ウケるーってさ。

 まじまじと見てしまったことに気まずくなって視線を逸らそうとしたが、どうやら彼も俺のことをじっと見ているらしかった。

 居酒屋の照明は少し暗い。肌の凹凸が目立ってしまう、この上から照らされる照明に、瞬時に体が緊張した。

 俺、変じゃないかな。最近は新しくニキビができることもだいぶ減ってきた。赤味が取れない跡や肌荒れはどうにかファンデーションとコンシーラーで誤魔化している。だけど、この時間ではさすがに崩れ始めていてもおかしくない。

「え、と……俺?」
「はい!」

 大きくこっくんと頷いた彼の胸元のガムテームには「田代」と書かれていた。横に小さく書かれた学部が俺と同じで少し親近感が湧く。

 そんな田代くんは俺に顔を近づけると、嬉しそうな声を上げたのだった。

「先輩肌ちょーキレーっすね! それ、どこのファンデですか?」
「……………え? あ、え?」

 固まった俺を気にすることなく、田代くんはふにゃりと笑うと肩が触れそうなほどの距離で俺の隣に座った。俺の前の空になったグラスを端に避け、ソフトドリンクなのかカクテルなのかわからないオレンジ色の飲み物を2本置く。視線のやり場に困ってグラスに目を向けていれば田代くんはあっと呟いた。

「先輩、もしかしてオレンジ苦手でした……?」

 気遣うような、申し訳なさそうなその声に思わず顔を上げる。田代くんは眉を寄せ俺を窺っていた。

「い、いいや全然!? 全然好き! ごめんね、気遣わせて。ありがとう!」

 慌ててグラスをぶつけてありがたく頂戴すると、田代くんは安心したようにえへへと笑った。うん、これオレンジジュースだ。田代くんもごくごくと俺のグラスと同じ色のソフトドリンクを飲んでいる。なんて健康的な空間なんだ……

「俺、最初に先輩に声かけてもらった時から気になってたんですよ。あ、俺田代です!」
「さ、斎間です……」

 嬉しそうににこにこ笑う田代くんは、俺みたいな陰キャとは関わることのなさそうなタイプに見えた。そんな後輩相手にビビッて挙動不審になる俺。カッコ悪い。

 ちら、と窺えば田代くんの少し細い奥二重は目尻にかけて陰影が濃くなっていて、目の横幅を大きく見せていた。アイシャドウの使い方がすごく自然で綺麗だ。この子もメイクをするんだな。

 少し見すぎたのか、目が合い、にこりと笑って首を傾げられる。その目は少し不思議な色でグレーの髪色とよく合っていて。あ、カラコンしてんだ、とその時気づいた。

「それ、綺麗だね」
「あ、カラコンですか?」
「うん。似合ってる」
「えっへへ……先輩はカラコンとかはしないんですか?」

 してみたいけどなぁ……俺がやっても違和感しかないんじゃないだろうか。陰キャは生きづらいよ。

「俺コンタクトだしなあ。度入りにしないと普段使えないし」
「カラコンにして眼鏡にするのは?」

 眼鏡をかけてた高校時代の俺はクソみたいな芋だからな。学生証の自分の顔写真を見る度吐きたくなる。

「先輩丸メガネとか似合いそうじゃないですか」

 他意はないような田代くんの言葉に笑みがこぼれた。派手な見た目なわりにかわいいな田代くん。

「そう……かな?」
「そうですよ! 似合いますよきっと! 先輩コスメとかっていつもどこで買ってるんですか?」
「俺いつも通販〜。田代くんのアイシャドウってどこの? それすごく自然でいいな」

 高校時代は人がいない時間を見計らって駅から離れたドラッグストアなんかに行っていた。だけどどうしても人から隠れて買おうと思ったら選べるものにも限界があった。一人暮らしになってからは、好きなように通販で買えるものの、参考にするのはレビューだけ。それも使用感を述べてくれるのはほとんどが女性だ。色味の印象も使用感もどうしても変わってきてしまう。

「あーコレ、あとでショップのURL教えますよ! このブランド、男でも使いやすいマットのシャドウとか充実してるんすよ」
「……ありがと、俺も欲しいな」
「俺、斎間先輩が使ってるファンデが気になります! すごい綺麗ですね。ナチュラルすぎて俺まったく気づきませんでした!」
「……ほんと? おかしくない?」
「全っ然ですよ! 俺、嬉しいです! 女子とはこんな話できないし、一人でいろいろ試すのも無理があるし。こうやって、話せる人なんて滅多に出会えないですよ!」

 田代くんが目をキラキラさせて楽しそうにしゃべっている。陰キャの気持ちなんてわからない陽キャだって決めつけてごめん……めっちゃ素直で健気ないい子じゃん。俺ももっと聞きたいことがあったんだが……どうにも…………眠い。

「せんぱい?」
「……んー?」
「あれ? 眠いです?」
「んーん……」

 身体の力が抜け始めているのが自分でもわかった。顔が火照っている。この感覚は俺も覚えてる。酒だ。いつもこうやって衣笠に連れて帰られて。

 薄目を開けば田代くんの飲んでいるオレンジジュースの残りが見えた。なんだよ、オレンジジュースの味だったじゃん。酒の匂いもしなかったのにカクテルだった?

「あっ、先輩!」

 揺れる体がどこか寄りかかる場所を見つけたのか安定する。いい匂いがした。

「――あ、斎間落ちた?」
「えっ、落ち……そんな酔ってたんですか? これソフドリですよ」
「あー……まあピッチャーで来たやつだし間違えてもしょうがねえか。それたぶんカシスオレンジ」
「え!?」




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