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せっかく成人しても、酒を飲めない俺はこれといっていいことなんてない。むしろ酒の席でそれなりの付き合いすらろくに出来なくて、申し訳なさが加速する。
「田代くん、すっげえ気にしてたよ」
「うあぁ〜初手からやらかしちゃったよ。もっと話したかったなあ、うちのサークル入ってくれるかな」
「斎間には会いにくるんじゃねえの。知らんうちに飲ませちゃったから謝りたいって言ってたし。お前すぐ吐くから俺んとこ避難させといたのにわざわざ介抱してくれてたよ」
「うわはっっず!」
たかが一杯で寝落ちていた俺にひきかえ、昨日浴びるほど飲んでいた上野は二日酔いになることもなく相変わらずケロっとしている。いいなあ、俺もそのくらい強くなりてえ。上野ほどといかなくとも、せめて衣笠につぶされない程度にはなりたい。
そういえば俺は衣笠が酔ってるところを見たことがない。というか素面で人のちんこ舐めてくるような奴は、そもそも常時酔ってるようなものかもしれない。
「ちゃんと衣笠には送ってもらったのか?」
「あ? ふざけんなよ」
「え、なにごめん。いきなり地雷? なんでお前そんな衣笠嫌いなの?」
「は? 上野って衣笠のこと好きなの?」
「なんでこんな話通じないの?」
「ごめん。ちょっと発作が」
「なんのだよ」
昨日の衣笠はなんだか少し様子がおかしかった。何かを躊躇するような、寂しそうな。普段の傍若無人な衣笠ではなかった。
……なんて、心配にはならないけどね。どんな顔をしてようが、ああやって様になってしまうのが恨めしい。俺ならどんな顔だって自分でも見たくないし、他人になんて絶対に見られたくない。
俺がそう思ったところで、衣笠は顔を覆った手は力づくで引き剥がすし、俯けば下から覗き込んでくるし、汗も涙も体液も、全てに触れようとしてくる。どうかしていると思う。
衣笠がそんなことをできるのは、きっとあいつがまったくもって美醜に頓着しないからだ。衣笠には俺がいったいどう見えているんだろう。
たまに、考えてしまう。雨の日だったり湿気が高い日だったり、視界もメンタルも灰色の日に、俺は衣笠のあの純粋で気色の悪い好意について考えた。
衣笠が俺に向ける異常な関心は、俺の顔面を構成するちっぽけな素材に基づいたものではない。衣笠はもっと別のところに目を向けていた。それを受け入れられたら、俺はもっと生きやすくなれるのかな、と思う。今のように人の目を気にして、人に見られることに恐怖して、人の容姿をうらやんで。欲しいものを持ってない自分を嫌って、醜い感情に支配される自分をさらに嫌悪する。そんなことに縛られ続けるのは疲れるし惨めだ。衣笠が好きだ好きだという俺を、俺自身は大嫌いだ。やめてくれ、としか言えない。
でもそれを認めることができたら……?
「あ」
朝から充電器を忘れたと嘆いていた上野は、充電切れのスマホを持て余して珍しく周囲をぼんやりと見渡していた。書きかけの課題から顔を上げ上野の視線を追うと、ちょうど数人の派手な男子が教室から出てきたところだった。そのうちの一人に、グレー髪の一層おしゃれな服装をした田代くんを見つける。
「おー会えたじゃん。てか派手だなぁ……斎間って衣笠とか田代くんと何話すの?」
衣笠と田代くんを一緒にすんじゃねえ。まだ初々しい一年生の集団の中で田代くんは居場所を探しているようだった。グループができあがっていてもきょろきょろと視線を彷徨わせている。じ、と見ていた俺に気がつくとぱぁっと笑顔になって、友達たちに一言言うが俺のところへ飛んでくる。なんだ、かわいいな。
「斎間先輩! よかった!」
「お、おう……」
これはもしかしてけっこう懐いてくれてるのだろうか。後輩にこんな風に話しかけられるなんて人生初の経験だ。挙動不審になっている俺をにやにやしながら見ていた上野が、購買に行ってくると言って立ち上がる。
俺の向かいに座った田代くんの耳では銀色のピアスがゆらゆらと揺れていた。つくづく俺と関わることなんてなさそうなタイプの子だ。
「昨日はすみませんでした。俺、あれがお酒だって知らなくて……」
「いや……田代くんはなんともなかった?」
「はい、まったく」
「……そっか……俺が弱すぎるだけなんで気にしないで」
まったく自分が憎い。それなりに酒も楽しめたら、こんな緊張もせずにきっともっといっぱい話せるのに。しゅんとした顔で謝った田代くんをとりなしていれば、田代くんはおそるおそる顔を上げてスマホを取りだした。
「あの、連絡先聞いてもいいですか?」
「え! いや、うん。もちろん」
「わ! やった! 先輩いつもコスメ通販って言ってましたよね? 俺先輩と一緒に行きたいところあるんですよ!」
うわ、眩し! コミュ力眩し! へ、へぇ〜と冷や汗をかきながら相槌を打っていれば、久しく増えてなかった友達欄に新しい名前が追加された。距離の詰め方がもう陽の者だ。後輩相手に挙動不審になっている俺を気にすることなく、田代くんはえへへと笑った。
「あ、そういえば先輩シャドウも気になってましたよね! これのURLも送っときますね」
「あ、ありがと……あ、ここか。ずっと気になってたんだけど、レビューが割れてて買えなかったやつだ」
「そうだったんすか。一回俺の使ってみます? 先輩がよかったらですけど」
「え、いいの?」
ちょっと田代くん懐っこすぎない? 大丈夫なの? こんなほぼ初対面の陰キャにそんな優しくして大丈夫?
普段関わりを持たないタイプの子を前に、俺はまだぎこちない受け答えになってしまう。だけど俺を見てにこにこ嬉しそうに笑う田代くんには裏も表もなさそうで、その他意のなさが俺を安心させた。
「全然いいっすよ! 俺も斎間先輩が使ってるもの気になります!」
「あ……したらウチ来る?」
「いいんですか!!」
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