#2


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 講義が終わって次の授業までの間に、俺は上野と別れて学内のコンビニへ行くことにした。ちなみに眠りこけていた衣笠は起こさずに放置してきた。上野は若干そのことにビビっていたが、わざわざたたき起こすほどの勇気はなかったらしい。

 俺たちが衣笠から離れた途端、衣笠の周りには女子たちが小声で「かわいー!」と言いながら群がり、パシャパシャと写真と撮っていっていた。一枚くらい俺にも取らせてほしかったけど、さすがにあそこでそんなことをすれば俺が気持ち悪がられるだろう。俺もキモイと思うし。

「……うわ、チョコだらけ」

 狭いコンビニが至る所チョコで溢れている。
 ブランドものの綺麗にラッピングされたチョコもあれば、ちょっと包装が可愛らしい仕様になった普通のものもある。別に食べたいわけではないし、むしろ人からもらうから嬉しいものを自分で買うのも虚しい気がする。そうしてチョコレートゾーンを抜けようとした時だった。

 ふわ、と嗅ぎ慣れた匂いがして、目の前に数分ぶりのオブジェが舞い戻った。
 衣笠が俺の行く手を塞いで、満面の笑みを向けている。

「!!……」
「…………」

 なんでもいいからチョコ買ってやれ、と上野に言われたのを思い出す。そんなに欲しいの? 買え! とでも言わんばかりの顔だ。

「…………」

 俺の手がバレンタインの特設コーナーを彷徨った。ブランドもの……をあげるほど対価を払おうとは思わない。普通のお菓子の周辺で迷ったが、さっきあんだけ甘いものを食べまくっていたのだ。もしかしたらただ甘いものが好きなのかもしれない。だったらなおのこといい嫌がらせになるだろう。
 そう思って、俺は包装にも何も凝っていないカカオ72%のチョコを手に取った。

「……!」

 なぜだかやたらと顔を輝かせた衣笠が気にくわなかったから、俺はもう一つ、ブランド物の少し高いチョコも手に取った。
 馬鹿め、これは俺のだからな。

 会計を終えて、俺はちろちろと後ろをついて来ていた衣笠に72%のチョコを放り投げてやった。

「っ! 斎間くん!!」
「ひぃっ!」

 ぱぁっと目を輝かせて今にもとろけそうな顔で笑った衣笠が、そのままの勢いでガバッと俺に抱きついてくる。一瞬びくりと体が震え、俺は容赦なく衣笠の頭に手刀を叩きこむと走って逃げた。

 幸い、学期末でほとんどの授業がすでに終わっているからか、人は少なかった。とはいえゼロではない。なんで人前であんなことするの? 馬鹿なの?

 気分はメロスだ。校内を走る走る、走る。勢いあまって裏門まで出てしまった。あ、授業……と思い出した時にはもう遅い。最悪だ、出席一回落とした!
 いそいでスマホを開けば、上野から『自習なう!』とメッセージが入っている。不幸中の幸いだった。

「はぁ……はぁ……」

 もう長いこと全力で走ってないせいで、膝の力が抜けそうだった。息が上がって、頬が汗ばんでいるのを感じる。頬を拭えば、ファンデーションのベージュがついた。最悪のオンパレードだ。

「……帰ろ」

 毛穴が無事な状態のうちに早く帰ろ。
 どうしてよりによって裏門側へ来てしまったのだろう。こっちからは俺のアパートはけっこう遠い。

 片手にはさっき買った高級チョコが収まっている。ブランドものなだけあって、衣笠に買ってやったお徳用とは違って、4個程度しか入っていない。ぶんぶん振り回しちゃったせいで、原型をとどめているかも怪しかった。

 なんだか虚しくなって、とぼとぼと歩きながら包装紙を破いた。作りのよい箱を開けると、綺麗な模様が表面に印刷されたチョコが取っ散らかって入っている。なんだ、無事じゃん。

 そのうちの一個を口に入れようとしたとき、首根っこを掴まれた。

「っ!?」
「はっ……はっ……追いついた……」

 おい、誰だよ。チョコあげるまで離れないって言った奴。俺、チョコあげたじゃん。







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