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思えば他人に自分の幸せを願われたことがあっただろうか。
幸せになってもらいたい、という桃男の言葉がことあるごとに蘇った。営業先で説明をしてるとき、上司に報告をしてるとき、同僚と一緒になって昼を食べてる時。みな、他人だ。俺にそんなプロポーズのような言葉をかけるような仲じゃない。そんなの桃男だって同じはずなのに、あいつは当たり前のように言い放った。
そうやって心のどこかが脆くなっている人間を囲って、弱さにつけ込む。そういう商売なのだ。
きっと俺は疲れていたのだろう。相変わらずうまくいかないことばかりだし、この年になっても趣味もなければ彼女もいない。虚しくなる日常を自覚するたび、何かが欲しくてたまらなくなる。
頑張ってるね。とまた、桃男の声が脳内で囁いた。
ああもう、出て行ってくれ。俺が飢えてるみたいじゃないか。
「……でさ、総務の三島さん、なんかハマっちゃってたらしいよ」
「……え、なんて?」
「だから、三島さん」
「あぁ」
たまたま鉢合わせた同僚と定食屋で昼を食べている時だった。同僚が嬉々として、聞き伝った話を俺に話してくる。
三島さんは俺たちの5つほど上の女性社員だ。気が利く美人だが独身で、狙っている男性社員も多いと聞く。
「三島さんが、何?」
「兵頭がデートに誘ったら、変な講習会につれていったんだって」
「……新興宗教?」
「うん。人のために尽くしましょう! 幸せになりましょう! この教えを知れたあなたたちはとても幸せなのです! みたいなこと2時間くらい聞かされたんだと」
「うわぁ〜リアル」
そんなものだ。偽善も偽善。いや、本心か。
彼らは迷惑だと思っていない。本当によいことだと思っている。お節介のつもりだといえばいいのだろうか。
「勧誘が激しいのは勘弁だな」
「それよかショックよ。三島さんみたいな人がなぁ……」
誰がカルトに溺れているかなんて、見た目ではわからないものだな。ずず、と味噌汁をすすった。
「んじゃ、俺行くわ」
「おーう、またな」
今日はやたらと桃男に遭遇するエリアへ行く日だ。今日は会わないことを祈る。
祈るって、いったい何に祈るんだ? 神?
ふふ、と笑えてしまった。そんなものだな。無神論者を気取っても、結局俺はふとした瞬間に超常的な何かに頼ってしまう。それはただ、一つの希望であって、別に俺の心の支柱にはなっていない。地に足つけて生きてきたのは俺だ。どうしようもならないことも、あるけどね。
歩きながら胃腸薬を4錠出すと、水を飲まずに飲み込んだ。あのエリア、嫌いなんだよな……
いいや、考えろ。高圧的なおっさんを怒らせずに、顔つき合わせて話せばお金がもらえるんだ! もういっそパパ活だと思え。現金払いの日給じゃないってだけで!
ぐぎゅぎゅ、と胃だか腸だかが痙攣した。
「はぁ……世知辛い」
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