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 行方不明の記事を見るのが好きだ。

 どのくらい好きかっていうと、スクラップして取っておくレベル。こんなことをして楽しんでいる人間って他にいるのかな。日本中探しても、俺ほど暇を持て余している人間っていないと思う。

 人一人いなくなるなんて大層な話だけれど、案外ニュースにまでなるものは珍しい。俺のように新聞からネットニュースの隅から隅まで見ている人間でないと、意外と知らないものだ。

 きっといなくなった人間だって、隣の家とか向かいの家とか、そんな近くにいたりするんじゃないのかな。団地の一室に押し込められて15年見つからないことだってあるんだから。探せばすぐに見つかりそうなのに。

 今日は人ではなく迷い犬や猫の類の記事しかなかった。暑くなってきたから犬猫も涼しい場所を探して隠れてしまうのだろうか。そんな習性聞いたことないけど。

 迷い犬の記事をハサミで切り取り、専用のスクラップブックに貼る。しばらく過去の記事をぺらぺらとめくっていたが、飽きて早々に閉じた。

 朝の日課を終え、昨日読み残していた漫画に手を伸ばす。ちょうど面白い展開になりそうな場面で止まっていた。これを読んだら昨日録画したドラマを見ないと。

「夕陽」

 ふいに呼ばれ、読んでいた漫画から顔を上げる。全身真っ黒の服を着た珂雁が出かける準備をしているところだった。薄手の羽織りを着ているせいでほとんど肌が見えていない。服の対比で、肌の白さが余計に目立った。
少し長い髪がさらさらと揺れ、アンニュイな目元が色っぽい。それなりに上背があるのに細身で上品で、どことなくか弱さを感じさせた。一人で出かけさせるなんて危険なように思えてしまう。

 きっと珂雁に目をつける人間はいっぱいいる。襲われたりでもしたらどうするつもりなんだろう。

「出かけるの?」
「夕方には帰る。何か必要なものはあるか?」

 俺にとって? それとも珂雁にとって?
 少なくとも子どもは必要ではないんじゃないかなぁ。

 それなら何がいいかな。ゴム? ローション? まあどうせ俺にそんなもの使ってくれるような場面には陥らないけど。
 じゃあ、いっそオナホとか? 珂雁はもう俺に触ってくれないし、俺の身体を必要以上に見たりもしない。どうせ一人で処理をするならそんな玩具があってもいいじゃん。

 お風呂に一緒に入らなくなったのはいつからだっけ。風呂上りに脱衣所で着替えるように言われたのはいつだっけ。

 もういっそ見せつけたほうがいいのかな。これから全裸で生活してみる? 大人ちんぽぶらぶらさせてさ。怒られるかな。追い出されるかな。俺、珂雁に怒られたことなんて一度もないけど。

「いい、いらない」
「そうか」

 チラ、と一瞬、珂雁の視線がスクラップブックに向いた。そのまま何も言わずに身を翻して行ってしまう。俺は慌てて立ち上がって後を追った。

「お、俺も行こうか?」

 連れてってよ。外に出たい。
 そう駄々をこねる歳でもなくなった。聞き分けがよくなったのか、素直じゃなくなったのか。何が自分の本音なのかも分からず、言いたいことを言葉にできないことにもどかしくなる。

 もつれそうになった足が椅子を蹴った。なんだか必死になってるみたいで阿保らしい。

「なぜ?」

 のんびりと振り返った珂雁がゆったりとした口調で言った。いつもの珂雁だ。
 なぜ?
 ……なぜ?

「ご、護衛、とか」
「必要ないよ」

 くすり、と笑いながら珂雁がポケットをまさぐる。スタンガンを取り出すと、笑いながら手の中で弄ぶ。

「で、でも、荷物持ち……とか」
「車があるよ」
「……」

 珂雁は黙りこんだ俺に優し気な笑顔を向けた。そんな顔を向けられては、俺も引き下がるしかない。代わりに胸の内では何かがざわざわと燻っていた。

「それじゃあ、行ってくるね。誰か来ても出るんじゃないよ。電話は留守電にしてあるから。行ってきます」

 毎日のように聞いている言葉を繰り返される。わざわざ言われなくても分かっている。

「いってらっしゃい……」

 バタンと玄関が閉まり、鍵が閉まる音が部屋に響いた。



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