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◇
ガチャ、と鍵穴を回す音に目が覚めた。一瞬、自分がどこにいるのかわからなくて、部屋の匂いにハッとした。
あのまま俺は珂雁の部屋で寝こけてしまったようだ。慌ててベッドを見回すと、スクラップブックがない。ドッと心臓が大きく音を立てる。
布団をひっぺ替えして探している今にも珂雁が入ってくるんじゃないか、と頭が真っ白になっていた。だけど、なぜか未だに玄関の鍵を弄るガチャガチャとした音が響いている。
「ない……ない……っ! っ、あった!」
いつの間にかベッドの下に落としてしまっていたようだ。安心して息を吐いたと同時に、勢いよく玄関が開く音が聞こえた。ひゅ、と息を飲み込んだ俺は咄嗟にスクラップブックをベッドの下に滑り込ませ、珂雁の布団を頭から被った。
馬鹿だ。この部屋にいたら勝手に入ったってバレるじゃないか。
そう思った時にはもう遅い。いつもは静かに歩く珂雁がばたばたと尋常じゃない慌てようで駆け込んでくる音が聞こえる。布団の中からその音を聞きながら、俺は緊張と動悸で吐きそうになっていた。
……誰だ? もしかして、珂雁じゃない?
珂雁はこんな歩き方をしない。足音はリビングで一瞬止まったが、すぐに落ち着かない足音を立てながら歩き回る音が聞こえてきた。扉を開ける音、閉める音、そのすべてが乱暴だ。
徐々に足音は珂雁の部屋に近づいてきていた。ああ、見つかる。そう思って、布団の中でぎゅっと目をつぶった。
バンッとけたたましい音がした。静寂。激しい心臓の音だけが俺の耳にうるさかった。
「……夕陽」
つぶやく声が聞こえる。
珂雁だ。なんだ、珂雁だったの。なんでそんなに慌ててるの。
安堵はしたものの、勝手に部屋に入った事実が消えるわけではない。顔を上げられずに、俺は寝たふりをした。
静かな、いつもの珂雁の足音が近づいてくる。俺の近くに腰掛けると、ふわりと布団がめくられた。ようやく入ってきた新鮮な空気に、おもわずぷはっと息をしてしまう。
今起きました、とばかりに目を擦ってゆっくりと瞬きをしたが、きっとわざとらしかっただろうと思う。そんなこと珂雁も気づいているはずだ。
「…………おかえり」
「カギが、開いてたんだけど」
ただいまも言わずに、珂雁はそう言った。静かで落ち着いた声音も、儚げで女性的な印象を与える表情もいつもと変わらない。だけど、吐き出された吐息には安堵が含まれているように思えてしまった。
「外に出たの?」
「……」
いっそ出たって言ってみようか。どうして珂雁はこんなに焦っていたのだろう。
……いや、そうか。焦るか。俺がいなくなったら大問題だもんね。
俺は質問にはあくびをするふりをして誤魔化した。視線が痛い。目を合わせなくても、じっと見つめられているのが分かる。
ふいに、珂雁の手が俺の頬に伸びてきた。びっくりして体が固まる。だけど、その手は俺に触れることはなかった。
なんだよ。紛らわしいな。触れないなら期待させるようなことするなよ。
「……泣いたろ、お前」
慌てて入ってきたからか、少し髪が乱れている。直してやりたい衝動に駆られるが、我慢した。
「録画してた昨日のドラマがすげぇいい話でさ。子役の演技に号泣してた」
「……そうか」
「うん」
「俺も見ようかな」
「大して面白くないよ」
珍しい。普段ドラマなんて見ないのに。
俺の答えに、顔を歪めるようにしてふっと笑うと、珂雁はベッドから立ちあがった。
「夕飯、カレーでいい?」
「ん」
「じゃ、風呂やって入れ」
「わかった」
ゆっくりと、ベッドから起き上がる。まだ、珂雁の視線を感じた。
一人でいる時は部屋の静けさに息苦しさを覚えることなんてないのに、珂雁に見られる沈黙は息が詰まってしょうがない。
俺が部屋から出ても、珂雁はその場から動かなかった。
あーあ。バレたな。怒られないにしても、気まずすぎる。やっぱりやるんじゃなかった。
手のひらには男臭い匂いが染みついて取れなかった。
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