第6話
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大丈夫、まだ仕事に慣れてないだけだから。なんて自分を励ますのも何回めだ?こっちに異動してからというものの、毎日残業だ。いい加減疲れがたまってきている。相変わらず残ってるのは俺くらいだし。
初日以降、終業後に神田と顔を合わせたことは一度もない。朝のっそりとやってきては、だるそうに溜息を吐いているところを見ると、毎日のようにヤりまくっているのだろう。もう学生じゃないってのに、とんでもない性欲だ。はげろ。
「あーあ…やぁっと営業から総務になったってのに。っはぁー…そのへんにサンドバッグでも落ちてねぇかな」
ぽちぽちとやる気なく二本指でキーボードを打つ。体が重いし頭が回らない。もう帰りたい。神田もいねぇし、初日のあれは何だったんだ?
「お、サンドバッグみーっけ」
向かいのデスクの女性社員がパソコンの上につけているUFOキャッチャーでとったらしいぬいぐるみを思いきり叩きつけた。小さすぎてとてもじゃないけどストレス発散になんてならない。虚しく落ちた可愛くもなんともないキャラクターが二つに分裂し、ぐにゃりと歪む。
あ、やばい。まじでサンドバッグでも殴って目覚まさないと、落ちる―
ふわりと風を感じた。窓でも開けっぱなしにしていたのだろうか。ぬるい風が懐かしい匂いを運んで来た。なんの匂いだったか思い出せないけど、ひどく懐かしい。
夢の中でも俺は眠っていた。曖昧な景色の中でだれかが泣いている。ハッだっせぇと鼻で笑えば、そいつの塩辛い涙が口に入ってきて一緒になって俺も泣いた。泣きたい気持ちなんて皆無なのに、切なそうな声を漏らすその声と顔にかかる暖かい涙にどんどん感染していくかのようだった。
一体何がそんなに悲しいのか。あまりの残業で死んだ霊にでも憑かれてるのか?やめてくれよ、俺まじでそういうの苦手なんだからさぁ。泣いてるくらいなら笑っててくれ、頼むから。まだ仕事も終わってないの。
「ンッ…」
息苦しい。息苦しいけど、何か…体が…
さっきよりも強い風が前髪を揺らした。俺の好きな匂いが遠ざかっていく。匂いなんて掴めるはずもなく、温かい空気もなくなった。
目を開けると、机に突っ伏していた。しばらくぽやんと、宙を見ていたが、思い出し、ばっとパソコン画面を見る。まだスリープしていないところを見ると、そこまで居眠りはしていなかったみたいだ。
俺が居眠りなんて。誰もいないオフィスだとやっぱり気が抜けるみたいだ。
あれ?急いで仕事に戻るが、画面をスクロールしていくと明らかな違和感を感じた。寝落ちる寸前までやっていたところよりも進んでいるのだ。ひょっとして実は寝ながらにでも作業をしていたとか、実は寝ていなかったとか。しかもこれ、書類が完成している。しばらく画面を見つめ考える。
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