3.Boy gets boy
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ちりん、と音が聞こえる。春の陽気に似つかわしくない風鈴の音だった。
いったいどこから、と顔を上げると、窓際に小学生の頃に自由工作で作った金魚の風鈴がぶら下がっているのが見えた。
そういえばそんなものも作った気がする。ぼんやりとした記憶が浮かんできて、しゃぼん玉が弾けるように消えていった。畳に倒れ込み、キャラクターものの人形を抱きしめる。
なんだかつい最近も同じようなことをしていたような気がする。穂高に会いに行って、そして逃げかえって、疲れ果てたように倒れ込む。
寝返りを打つと姿見に自分が映っていた。悍ましい姿に目を背けるようにして抱えた人形に顔を埋めた。
呪いならば、いっそのこと記憶もすべて消してくれ。それか殺してくれたほうがマシかもしれない。ぎゅっと唇を噛みしめて滲んだ涙を人形に押し付ける。
自業自得だろうか。
でもさぁ、お父さんも、お兄ちゃんも、みんな夜盗をどうにかしたがってたじゃないか。俺ってむしろ功労者でしょ? アイツに立ち向かった。そのための数珠だったんじゃないの?
「……責任転嫁でもしてないと生きてられないよ」
実際、俺は自分が正しいと思ったことをしただけ。そしたらこんな見返りを受けただけ。誰の思惑だろうがなんだろうが、自分の選択した結果がこれだ。それなら受け入れるべきであって八つ当たりは筋違いだ。でも、そんないい子でいられるわけがないだろう。
ぎょっとしたような穂高の顔が蘇る。
「ざまぁみろ、俺のバーカ」
鼻をすすった音が虚しく室内に落ちていく。家には珍しく誰もいなかった。弟も外へ遊びに行っているようだし、母親も買い物に行っているようだ。
そんな誰もいない室内に気が抜けたのか、体中の切り傷がぱっくりと開いていく感覚がした。涙を拭きながら自分の腕を見ると、スッとした一本の線が開きそこから目玉が覗いている。俺を見ると目を細めた。ひきつれた皮膚がいつの間にか自分の身体ではなくなったようで無償に苛立った。
笑うな。
次から次へと現れた大小様々な瞳がにこにこと笑っている。
笑うな。笑うな。俺を笑うな。
けけけ、と笑い声が聞こえてきた。ついに幻聴まで聞こえ始めたのだろうか。
カタカタ、と鳴子のような音まで聞こえる。夜盗が笑う声だ。なんなんだよ、もう。
「くっそ、消えろ! 消えろよ!」
耳に入る音は鳴りやまない。耳を押さえていたが脳に直接響いてくるようなその不快な音におもいきり耳を叩いた。鼓膜がじんとして一瞬なにも分からなくなる。
「笑うな……」
「笑ってる?」
俺の声だ。うるさい。喋るな。どこから聞こえたのかもわからない声に対して、余計に苛立ちが増す。ぱっと起き上がれば、無人だと思っていた俺の部屋は一人ではなかった。
「……」
俺の形をしたモノがいる。俺よりも人間らしい。カッとした拍子に、目玉の浮く身体を掻きむしっていた。
「消えろ……消えろよ……消えろ!!」
ガリッと音が聞こえて、爪を立てた肌に血が滲む。そんな俺を無表情に見ていた夜盗がふっと笑った。馬鹿にしたような顔だ。感情のある人間でないとできないような顔。いつからお前は人間になったんだ。
「櫻、その癖。痛く、ないの?」
気色の悪い声だった。俺と同じような声で、俺とはまったく違う甘ったるい声で話す。
近づいてきた夜盗は俺のすぐ近くに座り込むと血の流れる俺の腕をそっと撫でた。
「お前、その喋り方、やめろよ」
「変?」
「変だよ」
「僕は櫻が好きだよ。大好きだよ。櫻の……櫻の、しゃべ、しゃ、喋り方」
「喋るな!」
俺がいつそんな声で喋ってるんだよ。
パッと夜盗の手を払うと夜盗はきょとんと目を丸くしたが、懲りない馬鹿なのか拒絶も察せず俺の頬に手を添えてきた。それをまた払おうとして後ろに倒れ込んだ俺に、夜盗は馬乗りになるようにして覆いかぶさってきた。じっと俺の顔を覗き込んでくるのが自分の顔で余計に気味が悪い。俺と同じ造形をしているのにまるで違う表情だ。幼児のように、目に映る全てに関心を持っているように夜盗の目は輝いている。
「……離れろ」
「……」
「なんなんだよ。なんなんだよ、本当に! 俺のふりなんかして何がしたいんだよ!!」
「……好きな子、できた?」
口元をニヤつかせながら、夜盗が首を傾げて言った。
「好きな子ナシ、恋人、ナシ……ダイジョウブ、だいじょうぶ……」
「意味わかんねぇ……ねぇ、マジで離れてよ……」
距離が近い。自分と同じ顔をしたバケモノにこんなに顔を近づけられて、心臓がばくばくと音を立てている。殺されるのだろうか。浅くなった俺の呼吸を吸い込むように、夜盗が俺に近づく。もう鼻と鼻はぶつかりそうだった。
「お前、俺のこと嫌いなんじゃないの? そう言ってたじゃん。あんなに刺したのに、馬鹿じゃねえの」
「ざ残念だけどね」
俺の顔をして頬を赤らめた夜盗は息を溢すようにして笑った。額と額がぶつかる。金色を帯びた夜盗の目はきらきらと光っていた。俺の体中に出てきた目玉と同じような色をしている。
こいつには感情があるのだろうか。つい最近まで赤ん坊のように穂高の影に隠れて俺のことを疎ましく見ていたのに。こんな饒舌に言葉を話すこともなかったのに。
「ぐちゃぐちゃになって……」
「え?」
何て言った?
俺のことミンチにするって? やっぱりちゃんと殺意持ってるじゃん。
「僕と夜盗。夜盗と櫻。櫻と僕」
壊れたラジオ……というより、学習しかけのアンドロイドのようだった。確かめるように何度も何度も同じ言葉を口に出す。そうして反芻することで、言葉に込められた感情を理解しようとしているようだった。
「一つになれたらいいのにね」
ふいにはっきりとした口調で夜盗が言った。
跳ねるような声の調子を異様に思う。ようやく俺はその違和感の正体を理解しかけた。
夜盗の喋り方はどこか穂高に似ている。不愛想な俺と同じ声をして、絶対に俺からは出て来ないような明るい話し方をするものだから、鳥肌が立つほど気味が悪い。
今、夜盗が口にする言葉はきっと自発的に出てきたものじゃない。穂高のコピーだ。
見た目は俺をコピーして、中身は穂高になりたいのか? 内面だけは見る目がある。そりゃ自分のことを殺そうとした奴みたいな性格にはなりたくないよね。
このあいだまで俺のことを睨みつけて「キライ」と公言したバケモノが、今はまるで聖職者のような目をして俺のことを慈悲深く見つめている。アイデンティティはどうした。
「……嫌いなくせに。俺のこと嫌いな癖に、なにいい子ぶってんだよお前。それならまだ自分の感情を持ってるお前のほうがよかったよ!」
完全に組み敷かれてしまっている。身動きの取れない状態でただ反抗心を見せるために叫ぶ。そんな俺を見下ろして、もう一度くすりと笑った夜盗が流暢に言った。
「残念だけどね」
さっきまでのたどたどしいアンドロイドのような雰囲気が一瞬消える。
「穂高には逆らえないんだ」
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