1.Boy meets ×××
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あれはなんだ?
家に帰った途端、玄関に座り込んで動けなくなった俺の側まで飼い犬の小豆が嬉しそうにやってきた。かと思えば激しく吠え始め、やかましさに母親が怒っている。手のひらを見てみれば細かく痙攣していた。
腕に触れたあの何とも言えない嫌な感覚。硬い弾力を持ちながら、それでいて触れたものを飲み込むような軟さ。腐敗した果物を彷彿とさせる気持ち悪さだった。自然と背筋に悪寒が走る。
なんてものを穂高は飼い馴らしているんだ。どう考えてもあれは人間が関わっていいものじゃない。
人間の野性的勘か。それとも寺族の勘か。
あのおぞましい見た目が危機感に拍車をかけている節はある。それなら盲目の穂高が身の危険を覚えていないことにも納得だ。
体という概念もないような巨躯に、あちらこちらに張り付いた目玉。ところどころに覗く口の形をしたものは開いたり閉じたりを繰り返し、植物の気孔のようだった。
何から何まで、まるで幼児の落書きのような出鱈目さだ。
そんな出鱈目の怪物に甘えるように穂高は身をあずけていた。体躯の差から、親猫と子猫のようにも見える。動物もののドキュメンタリーさながらの光景だ。肝が冷える。微笑ましいわけがない。
「オッェ……」
いつからだ?
穂高はいつからあいつを飼っていた?
どうして俺は今日まであいつを認識できなかった?
全身に鳥肌が立つ。脳裏に浮かぶのは穂高のあどけない笑顔だ。幼い頃から変わらない。澄んだ瞳と目が合うことはないけれど、あまりにも綺麗すぎるその瞳は心の底まで見通しているようで少し恐ろしい。
その目で、あの化け物にも笑いかけているのだ。純真無垢という言葉がまさしくふさわしいあの綺麗な目で。
ドッドッと心臓がやかましく音を立てている。何か、無償に焦りが生まれる。
ヨトウ、と化け物に呼びかける穂高の親愛に満ちた声音。
「いや、駄目だろ……」
あり得ない。あり得ない。本当に馬鹿げてる。
「ただのバケモンだろうがよ」
悪寒は止まらなかった。化け物を見てしまったことの恐ろしさなのか、そんな化け物を友達として扱う幼馴染に対するショックなのか。
一度も目の合ったことのない幼馴染とは違い、出会った瞬間から幼馴染の友人は数えきれないほどの目玉を一斉にぎょろりとこちらに向けていた。何の感情も読み取れない、ただ形としてそこにある目玉。
あんなものを友達と呼ぶな。あんなものに笑いかけるな。
邪気のない幼馴染だからきっと分からないのだ。あれはどう考えてもこの世のものじゃないだろう。動物園のライオンやらゾウやらキリンとはわけが違う。悍ましさを具現化したような嫌なものだ。
あんな浮世離れしたものを見るくらいなら、まだ墓場で幽霊を見るほうがマシだった。妙な生々しさと幻覚とは言えないほどの実体感を持っているから余計に気味悪さが増す。
あんなもの今すぐ消したい。いや、もうさっさと殺したほうがよくない? だってなにしでかすか分かんないじゃん。
そうだ、あのバケモノが何をするかなんてわからない。体中に放射線を蓄えていたら? 体内がとてつもない高電圧になっていたら? あの体液が実は強アルカリだったら?
そんなものに穂高が体を預けてリラックスしているなんて、想像しただけで胃に穴が開く。
「あぁもう……」
何かあってからじゃ遅いのだ。対処すべし。いっそ今すぐにでも。これは穂高のため。
脳内で明確にバケモノを刺し殺すイメージをする。何度も何度も包丁を振り上げて、その度に俺の体が血だか粘液だかわからないものに染まっていく。巨体に乗り上げて全体重を手の中の刃物にかける。何度も、何度も……いや、死なねえし。死ぬイメージが全然できないんだけど。
どれだけ目をつむろうが、粘液を垂らす肌色の巨躯と不規則に開閉する口、一斉にこちらを見る大量の目玉は当然、頭から離れなかった。
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