第2話


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「あれ!麦原だ、よかった!」

 突然後ろから聞こえてきた耳慣れない声に肩が震えた。隣の夏樹が怪訝そうな顔で見てくる。恐る恐る振り返ると、底抜けに明るいアホみたいな顔をした男。同じ制服なのに着崩した俺や、やけにデカい図体で(真面目なのに)不良みたいに見える夏樹とは全然違う、まっとうで正当な高校生といった感じだ。
 
「昨日傘忘れて飛び出していったろ。ほい、傘。雨だったけど風邪とか引かなかったか?」
「……」

 無言で差し出された傘を受け取る。
 わざわざ俺が答えなきゃいけない質問なんてしなきゃいいのに。マスクのいいところは、こういうとき鬱陶しさを顔に出しても相手に見えないところだ。
 それでも何も答えないのも悪い。夏樹がさっきから肘でこづいてくる。
 
「……大丈夫」
「そっか、よかった。じゃあまた!」

 愛想のない俺に気分を悪くするわけでもなく、にっこりと笑うとパタパタと駆け足で去って行く。その後ろ姿が見えなくなってから俺はやっと息を吐き出せた。
 思ったよりアホそうな奴で良かった。まだ心臓はドキドキと不自然に揺れていたが、ほっと肩を撫でおろす。
 
「うわぁいい奴。むぎのこの態度でも愛想いいとか神かよ。お前あんな友達いたの?」
「見てわかんねぇのかよ。友達じゃねえし」

 帰ってきた傘を開きながら夏樹から離れると、むさくるしい傍らにやっと風が吹き込んだ。

友達じゃない。だいたいマスクの下の俺の素顔を知っている奴なんて、この学校では夏樹くらいのものだろう。昨日、事故的にあの男に見られたことを除いたら。

 いつから俺はマスクを手放せなくなってしまったのだろう。おそらく自分のコンプレックスが明確になり始めてからだったとは思う。こんな自分の顔を見られるのが嫌で嫌で、隠せばいいのだと気づいてしまった。が、それが癖になれば今度は外せなくなった。人に顔を見られることが恐怖の対象になってしまったのだ。

 我ながら生きづらい自覚はある。馬鹿馬鹿しいとも分かっている。
 気づけば俺の周りには夏樹以外の人間がいなくなっていた。


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