第6話


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 週をまたいでも相変わらずの雨が続いていた。
 憂鬱な月曜日、いつもと同じように幼馴染が飽きずに迎えに来る。
 
「むぎ、学校行くぞ」
「……やだ」
「またそれか」
「今日はほんとに行きたくないの」

 土日を挟んでも金曜日の停留所の出来事が忘れられずにいた。素顔を見られてからというものの、やたら成瀬に絡まれるようになってしまい俺も成瀬に対する警戒心が薄れていた。
 
「熱は…ないな」

 式台に座り込んだ俺の顔をしゃがんで覗き込み、額に手を当ててくる。一応の心配と確認をしてくれるところが流石の幼馴染ポテンシャルだ。
 
「じゃあほら、行くぞ」
「……やだ…」

 理由なんて言えたもんじゃない。クラスメイトの男にキスされたので嫌です、なんて夏樹に言えるはずがない。夏樹は溜息をついて俺を見下ろした。

「…じゃあ俺も明日からはもう迎えに来ないからな」
「…え?」

 びっくりして立ち上がった拍子に立てかけていた傘が派手な音を立てた。成瀬のことなんて瞬時に消え失せる。
 
「な、なんで?なんでよ、なっちゃん俺のこと嫌いになった?ねぇどうして、違うよね、違うよね?なっちゃん俺のこと好きだよね?ねぇ好きって言ってよ、ねぇ」
 
玄関ドアに追い詰めるように捲し立てれば夏樹は動揺したようにこくこくと頷いた。変なところで従順な幼馴染だ。
 
「な、なんだよ。好きだよ?」
「はい、やりぃ。なっちゃんの好きだよ頂きましたァ!」

 パチリと指を鳴らし手に持っていたスマホの再生ボタンを押せば、『好きだよ』と彼女を宥めすかすような夏樹の声が流れる。最高だ。これがあれば憂鬱な日も乗り越えられる。
 嬉しそうに笑う俺を見て今度は本当に呆れた顔をした夏樹が溜息を吐いた。
 
「ビビるだろうが」
「そんなのどっちが?俺のが何倍もビビったよ」

 とはいえ、俺も日ごろから愛想つかされないほうがおかしいほど夏樹で遊んでいるのだ。少し控えよう。

 お互い悪悪戯が過ぎたのか、何とも言えない微妙な空気が漂う通学路、夏樹は険しい顔をしている。最寄りの停留所では沈黙が続いていた。稀に見る無口具合である。
誰に見られるわけでもないから、マスクを外し盛大にあくびをした。そんな俺を夏樹がじっと見ている。いくら夏樹でも人に顔を見られることに慣れていない俺はどうにもそわそわと居心地悪くなってしまう。
 
「な、何、夏樹」

 我慢できずにそう聞けば、夏樹は無表情のまま俺の頬へと手を伸ばした。ふと成瀬が思い出された。もしこれが成瀬の手だったら恐怖で頭が真っ白になるだろう。それなのに夏樹であるだけで他人に顔を見られる恐怖も感じず、安心してくるのだ。

 夏樹は俺の頬に手を添えると、親指で頬を撫でた。いっこうに何も言わない夏樹に首を傾げて見せると、その顔にどこか不満げな微妙な表情がうかんだ。

 さらさらと頬を撫でられる。常にマスクをしているから日焼けをしない肌は自分で言うのもなんだが生白い。ホクロがいくつかある以外はシミも荒れもなく、女子だったら自慢になるだろう。俺は男だが。
 俺をじっと見る目がふと無感情になった。しかしその手は変わらず優しい。ふいに夏樹が口を開いた。
 
「…成瀬のキスはどんなだった?」

 囁くように言う。

 サァっと血の気が引いていくのが分かった。
 
「み、見てたの…?」

 こくりと頷く。頬に添えられた手はかさついていて厳つい。夏樹の目に優しさが浮いた。
 
「なぁ伽耶、俺のこと好き?」

 久しぶりに夏樹の声で呼ばれた名前に心臓が跳ねた。

 もちろん、好きだよ。好きだよ夏樹。

 言葉にできず、目を見開いて頷いた。
 
「そっか。じゃあ言って。ちゃんと伽耶の声で、伽耶の意志で」

 愛しいものでも見るように優しい目で夏樹が俺を見ている。そのくせ言っていることは強いるように厳しいことだ。
 そういえばついさっき、俺も食い気味に強要した。好きって言って、と。
 
「……す」

 バスが来る音がする。反射的に夏樹の手を振り払い、正面を向いた。夏樹が苦笑して振り払われた手をこすった。俺は赤い顔を隠すようにマスクを上げた。

 夏樹は一体何をどこまで見ていたのだろう。成瀬にキスされた。あれはどういう意味のものだったのだろう。
 人の気持ちなんて分かるはずがない。ましてや俺には友達なんて夏樹くらいしかいないのだ。経験値が違いすぎる。



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