第7話


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「なんで成瀬は俺にキスしたのかな」
「さあ、むぎが可愛かったからじゃない?」
「俺、かわいい?」
「かわいいよ」

 雨が窓を叩く。ぼぉっと外を眺める夏樹はちゃんと頭で考えて言葉を口にしているんだろうか。狭い二人掛けの座席でガタイのいい夏樹に圧迫されるような形で俺は前の行き先表示を見ていた。
 
「かわいいとキスするの?」
「どうだろうね」

 優しい声に甘えてまるで幼稚園児のような質問をぶつけまくる。
 窓の外には紫、青、ピンクと鮮やかな紫陽花がモノクロの世界に彩をつけている。ひんやりとした美しさなのに、実際は湿っぽくて蒸し暑くて。
 隣に座る夏樹の肌がひどく熱い。熱でもあるんじゃないかってくらい熱い。じめっとしている。むさくるしい男の匂いだ。
 
「夏樹は?かわいいとキスする?」
「そうだね」
「彼女とか?」
「とっくに別れた」
「見る目ないね、その彼女。なにが駄目だったの。なっちゃんがゴリラすぎたとか?」

 顔も知らない夏樹の彼女をそう非難すれば、夏樹は苦笑した。
 
「なんで私より麦原くんを優先するの?って言われて別れた」
「なんだよ、俺かよ。なっちゃん俺のこと大好きだもんね。彼女よりも優先しちゃうんだ」
「うん」
「好きだから?」
「そ、好きだから」
「へぇ、両想いだ」
「知ってる」

 いつかもこんな会話をした気がする。小学生の時かな。でも中学生の時もしたかもしれない。その時から変わらず俺と友達でいてくれるのは、もう夏樹だけ。
 
「成瀬は嫌な奴だよ」
「そうなの?」
「言ってることキモイし、俺の嫌がることばっかする」
「うん」
「でもキスは優しかった」
「ふーん」

 成瀬のキスは、そこに愛情があったわけではないのだろう。けっしてその先へは行こうとしない、触れるだけのキス。

 もしさっき俺がちゃんと夏樹に好きだと言えば、夏樹は俺にキスしてくれたのだろうか。そして俺は、それにどう応えたのだろう。
 やっぱり成瀬のときみたいに顔を見られるのに耐えられなくなってしまうのだろうか。

 …そんなのもう分からない。

 俺は小さく首を横に振った。




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