ネオンの微熱
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木下について、地下鉄に乗り込む。この時間の上り電車は朝よりもずっとゆったりとしていた。さっきから木下はスマホの画面に夢中で、どこで降りるのかも、なんのお店なのかも教えてくれることはなかった。
沈黙と地下鉄特有轟音をいいことにバレない程度に鼻歌を歌ってみる。楽しい気持ちでもなんでもない、ただ無気力に意味のないリズムを刻む。窓に映る自分の顔は、すっかり三年前とは変わっていた。スーツを着ていることもあるのかもしれないが、大人びているようにも見えた。たった二年でも人は変わる。笹山も、風間も、高校生の頃に比べてずいぶんとラフでしゃれた感じになった。瀬津は、瀬津もきっと変わっているのだろう。
明日あたり風間にでも連絡を取ってみよう。今、瀬津の現状を知っている人間は風間しかいなかった。瀬津との件で風間を頼ることは当然避けて通りたかったが仕方がない。今回ばかりは俺も意地でもなんとかしたかった。それだけ瀬津は俺にとって失いたくない存在なのだ。
そうやって瀬津のことを考えながら思うのは、この二年間あっという間だったわりには、ずいぶんと長かったんだな、ということだ。
木下が顔を上げた。次で降りる、と口を動かす。降りたこともない始めて聞く駅は東京の中心だった。
大学生が一人で入るにはなかなか勇気のいるようなおしゃれなバーに木下は迷うことなく入っていく。乾いたベルの音を鳴らして入った先では暗いオレンジ色の照明が夜の雰囲気を醸し出していた。
「海斗、来てくれたんだね。久しぶり」
若い上品なバーテンダーがふわりと笑って迎えた。安心したように気の抜けた笑顔を隣の木下が見せている。木下のこんな笑顔を見るのは初めてだったし、下の名前なんて今初めて知ったことに申し訳なくなる。改めて俺は木下にひどいふるまいをしている。
ハーフを感じさせる高い鼻筋と白い肌のバーテンダーは俺たちをカウンター席へ案内した。この木下の知り合いだというバーテンダーはさっきから嬉しそうに緩い笑顔を浮かべていた。自分の腹が黒いからか、なんとなく同じ匂いを感じる者は分かってしまう使えない能力を俺は持っていたが、このバーテンからはねじれた性格の者特有の雰囲気は一切感じない。甘いマスクにこのゆるりとした感じ、きっとモテるんだろう。
「地元が一緒なんだ。小さい頃から面倒見てもらってた」
客の注文に奥へ引っ込んだバーテンダーの後ろ姿を眺めながら木下が呟く。なんとも言えないその表情に、妙な違和感を感じた。
ひょっとして木下は俺を好きになったのではなく、ずっとこの人に恋をしていたのではないか。俺に告白してきたときもずっと。
正直俺は自分の顔を知り尽くしている。あのバーテンダーを見た時第一に感じたのは、似ているということ。木下はこの人と俺を重ねていたのではないか、という勝手な妄想がよぎった。
「俺がゲイって知っても離れないでいてくれた人」
「それは……大事な人だな」
「うん。だからいつもは一人で来るんだけど」
横目で木下と目が合う。
「俺も樋本の話、気にならないわけではないよ。特にお前のそのへたれた所を知ったらなおさら……何に悩んでんの?」
……不意打ちでいい奴。
情けない笑いが漏れた。
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