ネオンの微熱


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 抱けるか、抱けないか。それが友達と恋愛の区別だ、と木下は言った。瀬津にとって俺は恋愛対象ではない。俺はなぜそれにもやもやとするのだろう。瀬津を誰かに取られるという度を超えた嫉妬、それが全てなのだろうか。そこには友愛のようなものしか存在していないのか。

 瀬津は俺にとって、友達とも区別できないような存在だった。友達だなんて口先だけでどうとでも言える仲だ。そんな薄っぺらいものではなくて、俺は瀬津を友達よりもずっと近い存在だと思っていた。
 
「友達って何?」
「なんでそんな哲学みたいな問題になんの?知らねーよ、俺に答えられる質問にしろよ」

 木下が迷惑そうに眉を寄せる。
 
「友達でも、こう…どれだけ自分が心を許してるか、とかマッチしてるかとか、お互いがお互いを知り尽くしてるような仲もあれば、なんか気に入らないんだよなってところもあるけど友達してるってのもあるじゃん?」
「ふん」
「俺は常々思ってたわけですよ。そこまでお互いがお互い通じ合ってる仲なら、友達としてもレベルを超えてる。それこそどちらかといえば恋人的な存在に近いんじゃないですかね」

「なんか卑しいな」
「変態で悪かったな。だから、今からクズなこと言うけど、俺はそういう奴相手なら嫌悪感を感じないんだ。たとえ抱けとか言われても、抱けると思うんだよ」
「……要するに樋本はどこまでも、友達と恋愛の区別をつけたくないんだな」
「つけたくないとかじゃなくて」

 分からない、で済ませるわけにはいかない。何かをつかめそうで、靄が晴れずに先が見えない。どうにか言葉にする必要があるのに。
 
「俺はいいと思うけどね」

 木下が諦めたように息を吐き出した。ぼーっと前を眺めている。視線の先は例のバーテンか。俺たちの対角線上には、入ったときから若い二人組がなにやら弾丸並みのスピードで荒々しくしゃべっていた。

一人はピシッとスーツを着こなした大人の雰囲気が伝わる、このバーに似合う男だ。それなりに整った見れる顔立ちをしている。一方で、喧嘩でもしてるかのように捲し立てているのは、ブリーチの入った金髪にメッシュでさらに何重にも色が入れられた、パーカーにジーンズと緩い服装の男。まるで風紀委員とヤンキーとでもいうようなちぐはぐさに一度目に入ったらなかなか気になってしまう。気のいいバーテンダーは二人に話を振られて苦笑していた。

口論の様子を眺めていたら、木下が口を開いた。

「抵抗…というか、枠にはめて考えるからこう在るべきだっていう先入観があるんだろ。樋本はそこんところの観念がぶっ壊れてるから今更だけど。俺は自分がこんな性癖だから、俺は俺を個人として見てほしいよ。男だとか、友達だとか、恋愛対象じゃなくて」

一個人として人を見る。木下のいうように、俺たちは日ごろから無意識に人を選り分けて考えているのだろう。固定観念をぬぐい取ることは容易なことじゃない。

そこまで考えて、ふと気づく。

俺は今まで、瀬津を俺の思う存在のなかに無意識に位置付けていた。俺の中に瀬津に対する固定観念が存在していたのだ。俺の中での瀬津はこんな存在である、友達でもないけれども恋人でもない大切な、大事な存在。そう思うことでそれ以上の別の捉え方を俺はできなかったのだ。つまりそういう固定観念をなくしてしまえば、

「……待って、じゃあ俺、俺は瀬津を恋愛対象としても好きだって思ってる可能性があるってこと?」
「俺それ昨日言ったつもりだったんだけど…」

嫉妬。あの時そう言ったのは、つまりそういう意味でだったのか。

俺が瀬津を好き。

いや確かに好きだ。好きなのだ。でもそれは人としてだとか存在として好きであって、俺にとって恋愛したい対象ではない。

ただ違うのは、もし瀬津に俺以外に一番の存在がいるというのは何か悔しいということ。矛盾しているのは分かっている。強情なわがままな考えだとも。

俺が精神的に求めているものと俺が恋愛に求めているものは、明らかに恋愛の方が下なのだろう。


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