ネオンの微熱
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「たぶん違うよ。俺が瀬津のことを恋愛的な意味で見ているとしても、第一そんな、失礼だ」
「失礼?別に男が好きでもおかしくない」
「そういうことじゃなくて。俺もそれはちゃんとわかってるつもりだよ。ただ…恋愛なぁ」
「樋本はたぶん恋愛に嫌悪感あるだけなんじゃないの?」
ずばり、と見て見ぬふりをしてきたところを当てられたような気分になった。
軽々しく見ていることは自覚している。友達“なんかり”、恋人“なんかより”、といつだって瀬津の存在をそれよりもずっと上のもののように見ている。
「…考えたくねーな」
「別に俺はどうでもいいんだけど。お前が勝手になんとかしたいとか会いたいだとか思ってるだけなんだろ。俺はどうでもいいし。そもそもお前が何をどうしたいのか俺いまだにわかんないし」
「何だろうなぁ…拒絶されたわけじゃないなら、会いたいなって。俺が原因な気がするんだよ」
「はぁ〜知らね」
いよいよ視線の先にいるあの大柄なスーツの男と小柄なヤンキーの口論は怒鳴り声でもあげ出しそうに熱くなっている。ほどよいざわめきにかき消され、何を話しているかなんてこちらには全く聞こえないが、何やら二人が危ういところなのは伝わってくる。さっきは電話に唾でも飛びそうな勢いで捲し立てていた。
どんな修羅場だ。
ドアに近いところにいたからか、ぼーっととんでいた意識にドアベルの音がやけに大きく響いた。無意識にドアへ視線を向けた途端、体が固まった。
急に目を見開いて立ち上がった俺を木下が不思議そうに見上げてくる。
「……せ、つ…?」
あまりにも瀬津のことを考えすぎて、ついにそんな背格好の人はみんな瀬津に見えてきたのかと思ってしまった。
でも、確かに瀬津だった。店に入るなり、俺が立ち上がったものだから、何気なしに顔を上げた瀬津の目が一瞬で見開かれる。傘を畳んでいた手が止まっていた。
こんなおしゃれなバーに来るにしてはずいぶん身軽でカジュアルな服装だ。相変わらず白い肌が目を惹く。見開かれた一重瞼の目には驚きが浮かんでいた。雨に濡れた髪は黒く、白い肌を一層際立てている。
本当に瀬津なのか。
二年も会っていないのだ。何がどう変わったのかは分からないが、雰囲気が以前と変わったような気がする。高校生の瀬津ではない。顔立ちもずっと大人びた。
たった数秒がひどく長く感じられた。
お互い目を見開いてお互いを見つめている。瀬津も俺も固まったようにその場から一歩も動けなかった。
いつまでこうしていればいいのか。どちらが何を言うでもなく、ただあり得ないようなこの出来事に呆然としていた。
「ん!せつー!」
俺の後ろから瀬津を呼ぶ声がする。固まっていた瀬津がハッとしたように身じろぎする。俺と瀬津を呼んだ声の主とを、チラチラと交互に見ながら困惑した表情を浮かべている。
「せつ?」
明るい声が近づいてくる。俺は何も言えなかった。瀬津は瀬津で俺に何か訴えかけてくるような目でこちらを見ている。それはどこか怯えているともいえるような、戸惑いの目だ。
何がどうしてこうなった。
これ以上ないくらいの偶然なのに、どうすればいい?何でこんなにも俺は動揺している?
俺よりも小さな金髪の男が俺の横をすり抜けていく。瀬津を呼んでいたのは、あのヤンキーだった。
待って、待って。まだ俺が何も話してない。まだ瀬津を連れてかないで。
気持ちは焦るだけなのに、カラカラに乾いた喉からは掠れた小さな声しか出なかった。
立ち上がったのは木下だ。
「お兄さん。その人の知り合い?」
「ん?」
ぱっと瀬津が木下を見る。金髪の男は何気なく後ろを振り返ると、俺の顔を見てひどく驚いたようだった。
瀬津は視線をまっすぐに俺に戻すと、ぎこちない表情で言った。
「……晴久、久しぶり」
薄く笑った瀬津に笑い返せたかは分からない。瀬津の表情はぎこちなく、それはひょっとしたら諦めの表情だったのかもしれない。
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