ネオンの微熱


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「じゃあ木下君ってバーテンさんと同郷なんだ」
「はい、俺は大学も地方の田舎ですけど、実家はもっと田舎で」

 さっきから盛り上がっているのは木下とスーツの男、入間さん。俺と瀬津が知り合いだと分かると、金髪のヤンキー宮原さんが瞬時に、じゃあ一緒に飲もうと提案したのだ。宮原さんに肩を抱かれた瀬津と、宮原さんに腕をつかまれた俺は木下を引きずって今は五人で並んでいる。

「そういえば二人は農学部なんだっけ」
「あ、はい。俺は畜産で、樋本は農学科」
「へぇー畜産か。そういう自然に囲まれてるのも楽しそうだなぁ。大学にも動物とかいるの?」
「あ、そりゃもうわんさか」
「だってよ浩二」
「いいなぁ。俺たちほとんどビルみたいな校舎で座学ばっかだったしな」

 雑な素振りでグラスを煽りながら宮原さんが言う。隣で瀬津が頷いた。瀬津の大学の先輩というなら、宮原さんはこの見た目でも相当頭がいいのだろう。詩悠という反面教師がいる分、中身を見た目で判断するつもりは毛頭ないが、最初はやっぱり少し警戒してしまう。

 瀬津とこの人たちの繋がりはいまだに分からなかったが、特に瀬津が使いっパシリにされてるわけではないみたいで安心した。

 しかしさっきから瀬津は俺の隣でグラスを持ったり戻したり、飲もうとしてやめたり、挙動が落ち着かない。
 
「…瀬津」
「ぅひゃいっ…な、何?」

 ほら、ただ呼んだだけなのにこの反応だ。盛大に猫背になっていた背をぴんと伸ばし裏返りながら返事をする。恐る恐る俺の顔を窺った。

 さて、人の目もあるのだ。ここはいかにも懐かしい友達に会って、懐かしさに浸りつつ二人きりで会う約束をするのにうってつけだ。これで瀬津が断ろうものなら、周りの人間が止めてくれる。さすがに久しぶりに会った友達のことを蔑ろにするのは世間体的にもよろしくない。上辺だけでいい。確かなものを取りつけろ。
 
「いや、本当久しぶりだな。だいたいお前帰ってこないし」

 なんてことない会話なのになんでこんなに緊張するのだろう。我ながらちょっとわざとらしすぎないかこの会話の振り方。
 
「ええ⁉お前実家帰ってないの?年一くらいは帰省しろって俺いつも言ってんじゃん!」

 しかし俺の緊張も、宮原さんの大袈裟な声に持っていかれた。どこかもやっとしたのは心の奥に抑え込む。つまりはそんなに宮原さんと瀬津は仲がいい、と。宮原さんが瀬津に口出す必要なんてないじゃないか。
 
「あ、いや、別に帰ってないっていうか。俺親も海外だし、むしろうちに来てくれるというか」
「いや実家の意味」

 俺だけじゃなく宮原さんにまでたたみかけるように突っ込まれた瀬津はしどろもどろになりながらそう言った。本当にそうならそうでいいのだが。
 
「俺は瀬津とまったく連絡つかないから余計に生きてんか心配してたけど」

 すぐさまつっこむと、瀬津が肩をびくつかせた。宮原さんへ一瞬助けを求めるような視線を送るも、すぐに俺の顔を申し訳なさそうに見てくる。しばらくごにょごにょと迷っていたが、すまなそうに口を開いた。
 
「俺スマホ、こっちきて一か月くらいで水没させて…」
「はぁ?」
「いや、だから、データ全部とんじゃったんだよ!連絡先とかも全部」

 必死に弁解してくる瀬津が思いのほか切羽詰まった様子で、一気に気が抜けた。スマホ水没で宮原さんが盛大に笑いこけている。
 …そりゃ瀬津だわ。瀬津らしいけど、それで一切連絡途絶えるのもどうかと思うぜ。
 
「いや、なんかほんと…ごめん」
「……まぁ…しょうがないよね、水没は。………いや、なんで水没すんだよ、どういう状況?」
「別に俺は悪くないし」

 口を尖らせた懐かしい瀬津のセリフに思わず笑う。
 
「あれは、雨土砂降りの日に友達に荷物あずけたら、あの野郎俺のスマホ外に落としてきやがって。落とし物で届けられてたのはいいけど、使えなくなっちゃったんだよ」
「何それ、瀬津にしては本当に瀬津が悪くない」
「俺をなんだと思ってんのハル」

 グラスに口をつけながら瀬津が横目に俺を見た。そんな見慣れない仕草にあれ、と思う。
そっか、そうだよな。もうお互い成人してるんだもんな。そりゃ酒も飲むわ。

 でもこんなの本当に新鮮で、ぎこちないとは言えなんとか普通に名前を呼んでくれることに俺は安心していた。



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