ネオンの微熱
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「瀬津普通にアホだよな。ちょっと抜けてるどころじゃねえだろ」
俺の言おうと思ったことは宮原さんが言った。困ったように溜息をつく宮原さんに、瀬津はへへと笑っている。
頬が薄く赤いのは酔いのせいか。
高校生時代、瀬津には常にどこか危ういところがあった。ぎりぎりの境界線を渡り歩いているようなどう転んでもおかしくない危うさ。俺が怖ろしかったのは、そこに誰の干渉も受け付けない被膜のような繊細な壁があったことだ。俺にはどうすることも出来ないもどかしさ。少しでもその奥に触れてしまえばすぐさま壊れてしまいそうな怖さ。それらが醸し出す雰囲気が、より一層瀬津を儚く見せていた。
今目の前で頬を染め、目を若干潤ませる瀬津にそんな昔の面影はほとんどなくて。本当に明るくなったんだよな、と思う。
そしてその目に映っているのは、どうやら俺ではなく宮原さんらしい。
「せっちんは確かに間抜けなところがあるけど、昔からそうなの?」
興味深そうに俺に聞いてきたのは入間さんだった。聞けばずいぶんと年が離れているらしい。通りでこんなに大人に見えるわけだ。入間さんの目に見られれば、なんだかなんでも見透かされているような気になってしまい、正直ちょっと怖かった。
「はぁ、そりゃもう。幸薄そうな顔で、つっこみどころ満載なボケかましてくるんで」
「ボケてたつもりじゃないけど」
「あれで素だから面白いんだよ」
あーだこーだ言い合っていると、入間さんがふわっと笑う気配を感じた。
「二人は仲がいいんだね」
瀬津がぴくりと肩を強ばらせたのが分かった。その些細な動きに、もう俺はそんな存在として見てもらえてないのだろうか、と無駄なことを考えてしまう。
木下は黙っていたが、その表情は固かった。
ここで変に沈黙になるのもおかしいだろう。俺はすぐにへらりと営業スマイルを張り付けた。
「中学からの仲ですから」
会うのは二年ぶりになるのだけれど。
「でも高校出てからは全く会えてなくて」
一度も、だ。
「ああ、そうだ瀬津。俺来週もインターンで東京来るから、よかったらその時にでもまた会わない?」
完全に狙ったタイミング。我ながら卑しい。全員が一つの話題について話していた時の、この注目を利用して瀬津に答えを出させる。顔を合わせていなかったこの数年で俺の意地の悪さに拍車がかかったことに瀬津は気づいているだろうか。
瀬津は細い目を瞬いて俺を見た。その後の迷うような視線の先には宮原さんがいる。なんでさっきからこうもずっと、瀬津は宮原さんに許可でも求めるような視線を送るのか。
……やっぱりそうなのかな。瀬津に恋人がいたとしてもおかしくない。その対象は同性だ。
宮原浩二。
薄々気づいてはいた。浩二さん、と登録された瀬津の携帯の電話番号。電話嫌いの瀬津がその番号からでは迷うことなく電話にはでるし、それは楽しそうに話している。そんな光景を何度か見た。
その相手こそが、宮原さんなのだ。
きっとこの二人は、付き合っている。
「…いいよ。今の連絡先、教えるからまた連絡ちょうだい」
脳を揺さぶられたような衝撃は瀬津のひかえめな声によって薄れたが、ぐわんぐわんとその後も頭の中で響いていた。
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