ネオンの微熱
← 108/127 →
さすが昔家族で住んでいたというだけあって、瀬津が今一人暮らししている家は立派な一軒家だった。一人で住むには広すぎて寂しいしちょっと怖いと瀬津は言った。
「家が広すぎんのは田舎も一緒だろ」
「まあそうなんだけど。田舎の家はなんかこう、どこかでつながってることが多いじゃん。こういう間取りだと部屋一個一個が独立しててなんか怖いんだよな」
「襖か引き戸ってことか?」
「それもあるかも」
リビングのテーブルに広げられた発泡酒にウイスキーやら炭酸水、瀬津が作ってくれた軽いつまみ。テレビを適当に流しているが、やけに静かだった。雨どいからの水音がやけに大きく聞こえる。
缶ビールを開けると軽く乾杯し飲み始めた。高校生のころから料理をしていた瀬津の腕は流石で、どれも美味い。
「流石だよな〜俺なんて実家暮らしでまったく料理もしないし」
「まあそれが普通だろ」
「でも瀬津は高校生の時からしてたし」
「うーん。まぁあれは、栄さんに対する恩返し的な」
「お前それ言うなら帰って来いよ」
核心をつくと瀬津はハハっと笑い誤魔化した。やっぱり帰りたがらない理由があるのだろうか。
勢いで瀬津の家まで来てしまったけど、いまだに宮原さんのことが頭から離れず、いつそこを突っ込むべきかとそわそわとする。正直酒の味なんて分からない。
瀬津は飲み始めて割とすぐ頬が薄赤くなり始めていた。
「…瀬津、お酒弱い?」
「いや?肌は赤くなるけど。別段頭は大丈夫」
「へー俺と逆だ」
「え、ハル酒弱いの?」
「普通だよ」
それでも疲れているとそれなりにはやく酔いは回る。インターン後の体はもともと重かった。
瀬津と宮原さんが付き合ってるなら…。ますます悔しい。顔は絶対俺の方がいいに決まってる。やっぱ性格か?俺クソだもんなぁ。しかもそのクソ具合を唯一知ってるのが瀬津だったわけだし。あとは頭の良さとか?それとも年上が好きとか?それとも体系?
瀬津の好きなタイプってなんだ?
昔からSNSのアイコンはもっぱら格ゲーの筋肉キャラだったし、聞けばカッコいいだろ一点張りだったし。
え、筋肉?でも俺だってまぁまぁ筋肉あるよ。だてに農作業してないからね。
ますますなんなんだ。宮原さんのあのヤンキー感がいいのか?俺も真面目路線じゃなくてグレ路線にすればよかったのか?
「瀬津、宮原さんのどこがいいの?」
「え?」
「付き合ってんだろ…。なんで?あんな浮気ヤローよりよっぽど俺のが瀬津のこと見てるよ。あんな人よりずっと俺の方が瀬津のこと好きだよ」
「は、晴久?」
「なあ、なんで?瀬津にとって本当に俺はただの友達だったの?俺は違う。友達よりずっと大事で大切で…俺自惚れ屋だからさ、瀬津もそうなのかなって思ってたんだ。だから俺以外にそんな存在がいるってわかったら、なんか悔しくて、抑えらんなくて」
やばい、やめろ。なんでこんなに酔ってる?おれそんな酒弱くないんだけど。
なのに、一回言ってしまったら止まらなく口が動き続けてしまうのだ。
「自分でもわかんねーんだよ。ほんとキモイよな。きもいし怖いよ。…ごめんな、瀬津。お前が俺と会わなかったのは正解だったよ。俺ってこんな危険な人間でヤバイ奴で」
「…あ、」
瀬津が俺の飲んでいたウイスキーのグラスと瀬津の手元のグラスを見比べた。明らかに俺のグラスのほうが色が濃い。
「どうすれば収まるんだろうなぁ…おれは瀬津にどうして欲しかったんだろ…」
俯いた瀬津の前髪が静かに揺れている。ああ、顔が見たいな。
無意識に瀬津の顔へ手を伸ばした時だった。瀬津がゆっくりと顔を上げた。喉仏が上下に動く。何か覚悟を決めたかのように緊張した顔で口を開いた。
「……じゃあ、キスしてみる?」
「………は?」
じわじわと回っていた酔いが軽く冷めた。火照った顔で絶妙に潤んだ瀬津の目が俺を見つめている。相変わらず細い奴。なのに身長はそんな変わらない、懐かしい体格差の体がすぐそこにあった。
本当に瀬津は酔ってないのか?さっき頭は大丈夫とか言ってたけど…。
瀬津がテーブルに手をついた。身を乗り出すようにして俺に顔を近づける。瀬津の体で俺に影ができた。逆光になった瀬津の顔で、潤んだ目だけがきらりと光る。濡れた唇が妙に色っぽくて息を飲んだ。
瀬津の手が俺の肩に乗り、軽く体重がかけられた。顔を上げれば瀬津の顔が驚くほど近くにあって、そのとき瞬時に思った。宮原さんと同じことをしてはいけない。ぱっと酔いが覚める。冷気にあたったわけでもないのに酔いってほんとに覚めるもんなんだな、なんて能天気に思う自分がいたが、そいつは今は頭の隅に追いやった。
「駄目だ!」
瀬津の肩を押し瀬津の体を遠ざける。瀬津はハッと目を見開き、すぐに自嘲的に笑った。
「ほら、駄目だろ?俺、ゲイだって言ったよね。ハルは俺のこと友達よりも大切だって言ってくれるけど、その気持ちは所詮それ以上にはなんないんだよ」
俺はもしかしてまた間違えたのだろうか。
さっきまでとはまったく違う雰囲気の瀬津に地雷を踏んでしまった感じが否めない。語尾が荒い瀬津の声は今までに聞いたことがないくらい、怒りが混ざっていた。
「それは」
「俺は好きだったよ」
「…え?」
← 108/127 →