ネオンの微熱
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土曜日、必死に繕った覇気を見せながらインターンを終えた。もう東京まで来るのも明日が終わればそうないだろう。
この一週間悩んで分かったことは、もし瀬津から離れることでこの問題から逃げても、結局は気づいてしまった感情からも逃げることは出来ないということだ。
やっぱり俺は瀬津が好きだった。
でもそれを認めたくない自分がいることにも変わりはなかった。
そしてもし俺が瀬津に自分の気持ちを伝えたところで、今更それを受け取ってくれるとも思えなかった。
捨てる覚悟も、受け入れる勇気もない。どれだけへたれているのだろう。世間の非難の目を浴びるかもしれないことが怖い、でも瀬津を失いたくもない。
まったくどこまでも自分本位だ。俺が瀬津のために今すべきことがなんなのか、確証がもてなかった。
「晴久くん」
「……?」
唐突に名前を呼ばれ振り返ると、スーツ姿の入間さんだった。びっくりして目を見開く。駅のホームで会うなんて偶然があるだろうか。
「木下君に会社の場所聞いてね。間に合うと思ってここで待ってたんだ」
「……お久ぶりです…入間さん」
ぎこちなく言えば入間さんは柔らかく笑った。大人の笑顔だった。同じスーツ姿でも俺なんかとは比べ物にならないオーラがあってなぜか悔しくなる。
嫌でも宮原さんとキスをする入間さんが蘇った。この人もそういう人だったのだろうか。あんな人目につく場所で男同士でキスなんてふつう出来ない。あの時入間さんたちに気がついた俺以外の人は何を思ったのだろう。
好奇の目で見られるなんて嫌だ。
「久しぶりって言っても一週間ぶりだけど」
くすりと笑う。急行電車が通りすぎた。入間さんが近くのベンチに腰掛け、隣に座るよう促す。穏やかなのにどこか強制するような圧のある目で見られ、仕方なくそれに従った。
「俺のこと怪しい男とでも思ってるでしょ」
「どうしてですか、とんでもない」
反射のように口をついて出た言葉に心の中で鼻で笑う。首を振って入間さんの言葉を否定したら、おかしそうにクスクスと笑われた。
「ま、警戒されるようなとこ見られちゃったから。これ、名刺」
無駄のない仕草で鞄から取り出した名刺を律儀に両手で渡される。そんな動きにまで格の違いを見せつけられているようで悔しい。受け取ることにはためらいがあったが、入間さんを窺うと俺を隙なくじっと見ていたからありがたく受け取ってみる。
入間薫、と大きく書いてある名前の横の役職は俺にはどれだけのものなのか分からなかった。それでも一つだけ分かることがあった。
上に書かれた社名。詩悠の勤め先と同じ会社だった。
「晴久くん、お兄さんいる?」
あのヤロー。
「…いつも兄がお世話にナッテマス」
「うん、お世話してます〜。まあそんな固くなんないで。樋本もよく働いてるよ」
打って変わってフレンドリーに明るく笑うと、入間さんは綺麗に伸びていた背を背もたれにもたれさせた。
君たち顔が似てるからな、と笑いながら入間さんが言う。
頭に浮かんだ詩悠をぶん殴ってすぐさま追い出した。一緒にされたくはない。
「身元が分かれば多少は信用してくれるかな?…先週のこと、ね」
ふーっと息を吐き出した入間さんが横目にちらりと俺を見る。眼鏡の隙間から瞳が光った。
乗るつもりだった各駅停車のドアが閉まる。ホームは電車を降りた人で一瞬の間ごった返していた。その人達もまばらになり始めた時、入間さんが口を開く。
「珍しく浩二が泣きつくからさ〜もうすごかったんだよ。あ、でもおかげで久々にあいつの関西弁聞けたわ」
ふにゃふにゃと力の抜けた声で入間さんが言う。
俺と目が合った途端、泣きそうに顔をゆがめた宮原さんが思い出された。頭に血が上りすぎてわかってなかったけど、宮原さんも必死だったのか。
「あの人、関西の人だったんですか?」
「ん?俺と浩二はあっちの出身だよ。気が動転すると出るんだよ、浩二は。それで晴久くんがきっと自分と瀬津が付き合ってるって勘違いしてるって、そうとう怒鳴られた。俺も普段はこんなお節介しないけど、たぶん弁解しなかったら一生許してくれないからね。…まあ、そこんとこ誤解は解けてると思うけど、あの二人はそういう仲じゃないから」
「…はい。早とちりしてすみませんでした」
「ま、いいのよ、それは。それより最近は瀬津も塞いじゃってるしねぇ。いろいろあったんだろ?」
「……そう、ですね」
「これは頼まれたとかじゃなくて、ただ俺のお願いだけど…もう一回さ、瀬津と話してほしい」
入間さんが俺を見て小さく笑った。
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