ネオンの微熱


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もう一回瀬津と…合わせられる顔がない。もう会ってくれる気がしない。
入間さんから目を逸らし溜息を吐いた。いまだに整理がつかない中途半端な状態で会うなんて俺だっていやだ。

「君が一人で悩んで解決しても、瀬津が自分で整理をつけても、君たち二人とも救われないよ?だからちゃんと言葉にして伝えてほしい。君がそうやって真剣に悩んで考えてることが伝わるだけでも報われるものがあるはずだよ」
「こんななんの覚悟も出来ない奴の言うことなんて、どこにも信用できるものがありません。嘘なんていくらでもつける」
「瀬津に嘘を言うの?」

傷つけるかもしれない本音を言うくらいなら嘘を言うほうがずっとましだ。もうこれ以上瀬津を傷つけたくない。

「君が出来ない覚悟っていうのは?」
「……怖いだけです。瀬津みたいに自分を認められない。あなたみたいに向き合えない。………ノーマルな人間から外れることが怖いだけです」

もし何かあった時、俺は何を犠牲にしてでも瀬津を優先できるだろうか。社会の目に俺は耐えられるだろうか。
きっと逃げたくなる。なのに、やっぱり瀬津から離れることもできずにまた後悔する。どこまで行っても繰り返すだけだ。

「結局は好きなんだ」

くすりと入間さんが笑いながら言った。他人事のようで、子供の喧嘩を仲介することもせず眺めている大人のようでもあった。そんな入間さんに縋り付くような視線を向けてしまう。俺は何にも自信が持てなかった。

「信じられます?瀬津は信じてくれると思います?」
「さあね。瀬津にも瀬津の問題があるだろうし。君次第なんじゃないの?外野がどうこうできることじゃないし。知らんけど」

そう肩をすくめられた。誰かに頼ってばかりじゃ意味がない。そんなの分かってる。
入間さんは立ち上がると反対方面だから、と言い別のホームへ向かっていった。その後ろ姿をぼんやりと見送る。そうだ、結局は全て俺が覚悟を決められるか、俺が勇気を出せるかの問題だ。瀬津はなにも悪くはないのだし。

もう大人だ。入間さんのような大人ではないけれど、大人の仲介を待ってる子供ではないのだ。子供ではいられないのだ。
逃げてばっかで先送りにばっかしてもいいことなんてない。

スマホを取り出すとドクドクと心臓が早くなった。緊張で指先が震える。喉が閉まって声が出そうにない。咳払いを繰り返したら、今度は喉を痛めたみたいでひりひりした。じわりと汗が浮く。梅雨の湿気と汗で手のひらがべたついた。

通話ボタンをじっと見つめる。やらなきゃいけないことは分かっているのになかなか体は動かなかった。目を閉じ深呼吸を繰り返す。電車の来る音がした。もう何分うじうじしているのだろう。
どうにでもなれ、という思いで通話ボタンを押した。

「………」

やたらと長い呼び出し音に呼吸が浅くなる。
ああ、くそ。はやく出てくれ。
焦っているのか、どんどん心拍数が早くなるのが分かる。
呼び出し音ってこんなに長いものだったか?普通ここまで続いたら切れるだろ。それとも着拒にでもされてる…?

「…っんで出ないんだよ!」

コールが途切れた。安堵とも絶望ともとれるような思いが浮かんだのもつかの間、せき込むような音と共に瀬津が出た。

『何?』

愛想なんてどこにもない。怒ってるのかなとも思う声。
一瞬で体が固まった。今までだったら瀬津が出ただけで驚くのに、愛想がなくてもそれが平常運転なのに。
閉まった喉で無理矢理つばを飲み込んだら吐き気がした。それでも、出てくれた。よかった。

「瀬津…」

なんて言ったらいい…。どうすればまた会ってくれる?
掠れた声はなんだか首を絞められたアヒルみたいで聞くに堪えない。

「…会いたい」
『…なんで』
「お願い、もう一回だけ話がしたい!」

祈るようにスマホを握った手に力がこもった。長い沈黙の後、瀬津が息を吐き出す音が聞こえた。

『明日…ハル何時なら大丈夫?』
「!会ってくれるのか?…っありがとう。俺7時過ぎなら大丈夫だから」
『じゃあこっちからまた連絡する』

それだけ言って切れた画面を眺める。最初から最後まであの調子だったけど、でも、会ってくれる。まだ間に合うのだろうか。
さっきとはまた別の緊張が体に走る。明日までに残された時間なんてまったくない。
なぜか泣きそうになるのを必死にこらえ、ようやく電車に乗り込んだ。


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