ネオンの微熱


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瀬津から指定されたのは普通のファミレスだった。不慣れな俺がたどり着けるか不安に思っていたらすぐさまやっぱり待ち合わせは駅にしようと連絡が入った。俺を気遣ったなんて自意識過剰は一切なしだ。俺と話す時間を短くしたいだけなのかもしれない。話なんて一瞬で終わらせて帰りたいのかもしれない。

「…うぅ〜頑張れ、負けるな俺」

あんなに不安に思っていたのに、いざ会えるとなると嬉しさが勝ってしまう。なんだよ、俺ちゃんと好きじゃん。なんて思うが、でも、とすぐに邪魔をされる。
顔がにやけたと思ったら今度はどんよりと沈んだり、昼に木下に会った時は気持ち悪がられたくらいには今日の俺は情緒不安定らしかった。

スーツのまま待ち合わせ場所に行けば、瀬津はまだ来ていなかった。ほっと息を吐く。
まず俺はなんて言えばいいんだ。
先週からずっと考えてて、やっぱり瀬津のことを恋愛対象として好きなのだ、と。
そんなもので信じてくれるのか?そんなわけがないだろう。瀬津は…瀬津はどんな気持ちでこの一週間を過ごしたのだろう。

好きな人、なんて特別なものじゃなくても誰かに拒絶されることは怖い。なのに俺はあの時瀬津に触れられなかった。
でも、どうか…もう一回…。

「ハル」
「…っ!?」

どこからともなく気配なく現れた瀬津にぎょっとする。先週会ったときよりも顔が少し青いように思う。目の下にもうっすらとクマが見える。入間さんの言っていた、瀬津もずいぶん塞いでるという言葉が思い出された。
そんな瀬津を見た途端、さっきまで考えていたことなんて全て吹き飛んだ。どうにかして瀬津をつなぎとめていたい、そんな感情に襲われた。
 
「瀬津、ごめん!本当にごめん!」
 
俺が今まで瀬津にしてきたことは、許されていいことじゃないんじゃないか。瀬津が学校をよく休んでいたあの発作にも、もしかしたら関係してるんじゃないか。精神的なものだった、と瀬津も言っていたのを覚えている。
 
「ごめん、瀬津」
「は、はる?何が…こ、こんな人目につくとこでそんな謝んないで」
 
思いのほか、はっきりとした口調で瀬津が言う。
言われて瀬津の目をもう一度はっきりと見た。疲れの見える目は若干赤くて、すこしとろんとしている。額に汗が浮いているのが見えた。
 
「……俺、あのあと考えた」
「何を」
「それで気づいた」
 
何を?ね。瀬津のこと、俺が瀬津をどう思っているのか、だ。

「俺、瀬津のこと好きだよ」
「………」
 
しっかりと目をみてそう言うと、瀬津は唇を噛みしめた。瞳にうっすらと膜が張る。涙をこらえているのが分かった。
 
「好きだよ」
「違うよ」
「違わない。俺だってすっごい考えたんだ」
「考えたって」
「学校サボるくらいには考えた。食べるの忘れるくらい考えた。この一週間それしか頭になかった。考えて考えて出た結論なんだ」
 
瀬津の唇が微かに震えている。目元が少しずつ赤くなっていった。小さく後ずさりしたのを見て思わず腕を掴みそうになる。先週のように瀬津に触れることをためらったわけではないが、どうしても、俺が触れることで瀬津が崩れてしまうんじゃないかという不安があった。
 
「でも、そんなんで…ハルは…俺にどうしてほしいんだよ」
 
瀬津が周りをきょろきょろと見回すように視線をさまよわせる。困ったように眉を下げ情けない顔を俺に向ける。そんな泣きそうな顔を見ていたら、自然と手が伸びていた。瀬津の頬に手を当てると、びくりと肩を震わせた。目を見開いて俺を見るその表情はどこか怯えているようでもあった。
 
顔を近づけると焦ったように目をさまよわせる。
ああ、と思った。きっと怖いのは瀬津も同じなのだ。
 
「ねぇ瀬津。俺に抱かれて」
 
口をついて出たのはそんな言葉だった。
 
自分でも自分の発言に驚いたが、俺よりも動揺を隠せていない瀬津はみるみるうちに顔を赤くしていく。耳まで真っ赤にして必死に俺を押しのけようとしてくる腕を掴むと瀬津の耳元に囁いた。
 
「今ここでキスされるのと、俺に抱かれるの、どっちがいい?」
「っ…そ、んなんどっちも変わんないじゃんかよ!」
 
掴んだ腕が熱い。むわっと汗の匂いを湿気とともに感じた。懐かしい瀬津の匂いだ。部活の後の瀬津から立ち昇ってくる汗の匂い。手に力が入った。瀬津が身じろぎをする。
少し周りからの目線を感じるのは俺と瀬津の距離があまりにも近いからなのか、なんなのか。
 
もうどうしたらいいのか分からない、そんな顔で呆けている瀬津に追い打ちをかけるように言う。
 
「だから、選んで。瀬津」
「わ、ちょ、ちょ。こ、ここはなしだから!」
 
唇が触れそうになるくらい近づくと瀬津が耐え切れないように俺の腕を掴み駆け出した。



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