ネオンの微熱
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駅の明るい光を抜け出し夜の闇へもぐりこむ。人は多いし、外は暗い、と言っても通りは明るい。走りながら瀬津がどんどん暗い路地へと入っていく。無意識に人目をさけようとしているのか、気づけば目ぼしい建物なんてホテルばかりになっていた。
思い切ってテキトーな場所で瀬津に掴まれた腕を引く。ぎょっとしたような顔で見られたが、俺も入ったことはない。ラブホなんて行ったことねぇ…。
どうにかよく分からない無人受付で部屋へ入ると瀬津は息を切らして立ちすくしていた。
「な、なんなんだよ?どういうつもりなんだよ!?」
「人でごった返してる場所よりマシだろ」
「わけわかんねーよ」
混乱でぼたぼたと涙を流し始めた瀬津に向き直る。泣いてることにも気づいてないのか、瀬津は涙を拭くこともなく猫のように威嚇している。
再開してから泣かせてばっかだ。泣きそうになると唇が震えるのも、目の下の涙袋がくっきりと跡を作るのも、ずっと知らなかった。
知らないことばかりだ。俺も、瀬津も。お互いまだまだ知らないことなんて山ほどあったんだ。もっと知りたいし、知ってほしいのだ。俺から目を離さないでほしい。
「どうしたら証明できるかなって。俺が瀬津を好きだって」
なんだかもう、いざ瀬津を目の前にしてしまったら悩んでいたことなんてどうでもよくなってしまった。俺ってこんなに瀬津が好きだったんだ。
「それで出た結論が、抱くとかキスなのか?」
呆れ切ったように瀬津が言うが、相変わらず唇が震えていた。そんな瀬津を見て苦笑が漏れる。
「お願いだから…ハルが…優しさで俺に付き合うならそれは愛じゃないよ。そんなのただの同情だ。俺はそんなの要らない。そんなの縁を切ったほうがずっとマシなんだよ」
自分で言いながら、言った言葉に自分で傷ついて、そうやって瀬津の頬を涙が濡らしていく。妖しい光に照らされて頬がキラキラと光った。鼻をすする音が虚しく響く。
手を伸ばせば触れられる距離。あの日俺が触れられなかった体はすぐそこに、今にも消えそうにあった。
一歩前に踏み出すと緊張なのか戸惑いなのか、不思議なほど胸がどきどきした。
暖かい。腕の中で瀬津が硬くなっていく。細い体を抱きしめた。そんな男の体がなぜかしっくりときたのだ。たいして変わらない身長差で首元に顔が埋まる。汗ばんだ首筋からは何か香水でもつけているのか疑うくらい、いい匂いがする。
耳元で瀬津が息を飲んだ。早い鼓動が響くように伝わってくる。人のこと言えないくらい俺も脈が上がっている。
「俺は…信じないから」
掠れた声が震えながら言う。
俺だってそんな都合のいい話になるなんて思ってない。だからもどかしい。
「信じてくれるならなんだってするよ」
腰に回した腕に力を入れたら、バランスを崩した瀬津が後ろのベッドに倒れ込んだ。小さく呻いた瀬津の息が耳にかかったとたん、何も考えられなくなった。
気づけば瀬津の唇に食らいついていた。薄い唇は柔らかく、触れた肌は熱い。
頑なに口を開かない瀬津の口に頬に這わせた指をねじ込む。親指に軽く歯を立てられた。涙の溜まった目は怯えと戸惑いが入り混じって揺れている。なんだか小動物みたいだ。そんな瀬津が可愛くて小さく微笑む。
軽く開いた口に舌を入れると、組み敷かれた体がびくりと震えた。
「…っは……んん」
時折瀬津の鼻にかかった切なげな声が漏れる。瀬津はびくびくと縮こまっているわりには抵抗という抵抗をしなかった。それが受け入れられているということではきっとない。
熱い体が重なる。自分の荒い息が余裕なく思えて恥ずかしい。梅雨の湿気に汗ばんだ体が余計に熱を伝えた。
汗の匂いに包まれてくらくらとしていたせいで、掠れた声がだんだん苦し気になっていくのも、胸を叩かれていることにも気づけなかった。
「ん、んん……っは、はる、はるひさっ」
どん、と強く胸を叩かれる。
「あ、ご、ごめ」
「は、はぁ…はぁ…お前、このバカ!」
慌てて口を離すと、涙目で見上げる瀬津が睨んでくる。真っ赤な顔で、息を切らして、唇の端からは唾液がつーっとつたっていた。
下腹部がじんじんと疼く。まるで本能のように瀬津に押し当てていたそれに気づいた瀬津がハッとして信じられないとでも言いたそうに俺を見上げた。
「え、な、なに?なんで?」
「…好きだから…そりゃキスだってしたいし、したら勃つだろ」
「でも…でも……晴久は俺のこと、一回拒絶したじゃないか!!」
我を忘れたように感情的になって叫ぶ瀬津が顔を歪めた。こんなにも冷静さを失った瀬津なんて初めて見た。そんな心からの叫びが伝染したように俺の心臓をぎゅっと掴む。
瀬津をいっぱいの力で抱きしめた。
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