ネオンの微熱


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「瀬津……ごめん。今までずっと傷つけてきて、ごめん。もう二度と拒絶なんてしない」

 細身なのに、つくところにはしっかりと筋肉の付いた固い体。女と違って柔らかくなんてない体。その体を抱きしめる。
 ただ愛しかった。これが在るべき形なんじゃないか、となぜか思った。なにも間違っていないような気がした。
 
「だから、」

 声が震えた。俺はどこまでも弱いし、ずるい。
 
「決めて。瀬津が選んで。俺と付き合うか、二度と会わないか」

 これはずるい選択なのだろう。自分の卑怯さが情けない。瀬津が息を詰まらせる。嗚咽の混じった声で吐き出した。
 
「ふざけんな!ふざけんなよ…!忘れられるわけ、ないだろ!」
「忘れちゃいけないからだよ」
「嫌いになれるわけないだろ!?」
「俺はずっと好きだよ」
「なんなんだよ…。なんなんだよ、ほんとに……ずっと、ずっと好きだった」
「うん」
「でも、だって……俺はこんなこと望んでなかった…無理だろ」

 しゃくりあげながら瀬津が言う。今まで俺に見せることのなかった瀬津の本音だ。瀬津の人懐っこい性格に隠れて見えない影の部分。いつもそこに踏み込むことを許さない一線が引かれていた。その奥が見たくて、知りたくて、そう思っているうちに俺は天野瀬津という男に魅せられていた。
 ようやく見えたその部分は思っていた以上にもろくて、そして人間らしかった。瀬津はいつもどこか達観しているところがあったからこんな姿を見られる日が来るとは思ってもみなかった。
 
「いいんだよ、瀬津。楽してもらえるもんは難しく考えないでもらっておけばいいんだよ。要らなくなったら捨てればいい」

 これ以上苦しまないでいいだろ。今までどれだけ苦しい思いをしてきたんだろう。今ならそれを俺も背負っていけるような気がしたのだ。世間の目なんて気にならない人のほうが少ない。でも、それも合わせて、瀬津のほうが大事だ。
 
「捨てるって……ハルが?」
「俺を、だよ」

 瀬津が目を見開いて俺を見上げている。
 
「好き?」

 首を傾げてそう聞けば、目を見開いたままこくりと頷いた。
 
「そっか。奇遇だね、俺も」

 笑おうとしたら涙が出てきた。瀬津が泣いてばっかいるからだ。それでも頑張って笑うと、初めて瀬津が笑顔を見せた。苦笑というくらいがちょうどいいものだったけど。
 
「俺にはまだまだ瀬津の知らないところ山ほどある。瀬津だって俺のこと全部知ってるわけじゃない。俺たち近かったようでまだまだ目に見える表面くらいしか知らなかったんだよ」
「…うん」
「やっと同じ方向向いて、同じ場所に立てたんじゃないの?」

 瀬津が俺の前で泣くほど取り乱すなんて初めてだったのだ。やっと見れた。壊してしまいそうで触れられなかったところに触れられた。
 
「時間なんていくらでもある。だから、ちょっとずつ、もっと知っていければいいと思うよ」
「でも……もう戻れなくなる。友達には戻れない」
「友達でいたいの?」
「そ、そういうわけじゃ…ない、けど」
「けど?」
「………」

 視線をさまよわせて言うか言わないか迷っているような仕草を見て、押せば落とせるような気になってしまう。そんな意地の悪さを今は封印したい。
 
「…お前、男抱いたことないだろ」

 ぼそっと不貞腐れたように言う瀬津はなんか可愛かったけど、その内容に目を瞠る。それはやっぱり瀬津は抱かれる側で、初めてではないということなのか。
 
「え、それ気にするの?」
「気にするだろ!幻滅されたらもう俺、今度こそ…」
「え、え、何」
「えと……あー、う、ウザいくらいギャン泣きするぞ」
「いや可愛いかよ」

 ネタきれてんじゃねーか。泣きはらした目で言うことじゃないだろ。
 
「まあ、もういいからさ。俺には瀬津が必要。瀬津には俺が必要。これでいいじゃん」
「ウィンウィンってか?」
「その言い方やめて」

 なんで今急に瀬津のそういう変に無頓着なところが炸裂してるんだ。さっきまでそれこそ泣きわめいてたじゃねえか。ほんとコイツよく分からない。
 
「瀬津もう一回しか言わないよ」

 へらへら〜と笑っていた瀬津の顔が急に固くなる。ああもう、ほんと……。
 
「俺と付き合ってほしい」
「………」

 友達でいたいなら俺も努力する。けど、それじゃきっと足りない。瀬津の不安を言葉で埋められるとは思ってない。だから、何かしらの形で俺たちの関係に名前を付けたい。



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