第2話
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俺はだんだん混乱してきていた。風間が何を言いたいのか、何を思って俺に絡んでいるのか。
「そっか、でもお前も知らないんだな。樋本がどうする気なのか。あんなにいつも一緒にいるのに」
ふっと笑って風間が言った。
怖い。正体の分からない怖さで心臓がどくどくしている。
ああ、これは動悸だ。いつも、定期的にやってくる、あの。
「お前に聞けばわかるのかも、って思ってた。たけるもお前のことは信頼してるみたいだし、他の奴からもお前の悪い噂なんて聞いたことなかったら」
わけが分からない。でもなにか、俺の何かを否定されているような感じはする。
何か言えよ。自分で自分の頭に念じるが、言うことを聞かない。俺は何に対して戸惑っているんだ?分からない。どんどん視野が狭くなる。ただの一点的な見方しかできない。
「ただ周りに愛想振りまいてるだけなのか?樋本との付き合いもそんな表面的なもんなのかもな」
くすり、と風間が笑う。
もう何が何なのか分からない。一方的にしゃべる続け風間の声がだんだん俺の作りだした幻聴のように思えてくる。
俺が怖くて見てみぬふりをしてきたハルの本心はきっとこうなんじゃないか。だってどうして風間がこんなことを言う必要があるんだ?ないじゃないか、風間と俺は直接的には関係がないんだから。
どっどっと脈を刻む心臓の音ばかりが耳に入る。
「樋本はああ見えて案外誰にも心を開いてねーだろ。樋本にとってはお前だってきっとほかの奴と一緒なんだろ。いつも一緒にいるからと言って、樋本があんたに気を許してるかはわかんないぜ。…俺には樋本が分からない」
「……俺にもわかんねえよ。でも、お前と一緒にするなよ」
何をだ?風間と違って俺はハルに心を許されていると、何が証明してくれるのだ。ハルの気持ちを証明できるものなんて、だいたい人の心を証明できるものなんて何もないだろ。所詮俺が思いあがっていただけなのか?
「ハルはサッカー部のこと、大事に思ってるよ。なのに、ハルが辛い時あんたらハルを支えてあげたのかよ、ハルを理解しようとしてきたのかよ」
「樋本にだって非はあるさ。人の親切も、気遣いも、知ってて受け入れてくんねえのはあっちだろ。俺たちのことを信用してねえのはあっちだろ」
「じゃあなんだ?サッカー部がギスギスしてる原因がそれだとは考えないわけ?全部人のせいにして、自分は悪くないとでも言うのか」
「あ?」
さっきまでは心のそこから分からないというような、本当に悪気のなさそうな顔だったのに急にその雰囲気は俺への敵意に変わった。
しまったと思うには遅すぎる。
俺の感情も爆発しかけている。こんな状態で俺たちがまともに話し合えるわけはないし、そもそも冷静に話し合う必要のなかったはずの関係だ。
「お前に何がわかんだよ」
はっとした。その通りだ。俺に、ただの部外者の俺に、何が分かるんだ。
「…ごめん…俺にはなんも、わかんねえよ」
「ああ、そうだろうな。しょせんバレー部だもんな」
そう吐き捨てるように言った風間の顔は少し赤く、それほどまでに怒っていることが分かった。
ただ、俺もやめときゃいいのに頭に血が昇った。
「は?しょせんってなんだよ」
「たのしく仲良く?気持ち悪いんだよ。面白いのか、そんなんで。謙遜してたいしたこともないことを褒めあう部活が楽しいのか?ふざけてるようにしか見えないんだよ」
「俺たちはチームっていうことを自覚してる。仲がいいんじゃない。信頼してるんだ」
「あ、そう。関係ないね。気持ち悪い」
気持ち悪い。
嫌な言葉だ。頭を殴られたような、みぞおちにこぶしがはまったような、ひどい感覚だ。
「バレー部は嫌いだ。健もお前もどうかしてる。気持ち悪いんだよ。だいたいお前、おかしいだろ。樋本ともいつ見てもひっついてる。おかしいだろ、男同士の距離感じゃねえんだよ」
衝撃は頭だけにとどまらない。全身を打ち付けられたような衝撃が走る。まっすぐ立っていられるのが不思議なくらいだった。
「……」
「…お互い引退ももうすぐか。俺はやり残したくなんてない。チームを必ず勝ちあがらせる」
「………」
「仲良くやってろよ。楽しいだけでうまくいくと思うなよ、吐き気がする」
気持ち悪い。吐き気がする。
正しいよ、風間、お前は正しいよ。
楽しいだけじゃうまくいかない。それが本質なんじゃないだろうか。人間関係だってそうなんじゃないのか。
気持ち悪い。
そうだ、俺は、気持ち悪い。そんな人間だ。
言い捨てて風間が消えたあと、昇降口にはただ俺一人が残った。
開放された昇降口には生暖かい風が吹き込んでくる。がくりと膝の力が抜けた。目の前が見えない。貧血だろうか。視界はじわじわと黒い生き物のようなものに侵食され、耳鳴りがひどく外界の音は遮られた。
男同士の距離感じゃないんだよ。
風間が言い放った言葉がよぎる。
ああ、そうだ。やっぱりそうじゃないか。俺は普通じゃなかったんだ。
俺は何をしてるんだ。当たり前じゃないか。こんな俺がただの一般人に交れるわけが、普通に生きていけるわけがなかったんだ。
「……バカ」
目の前にはただただ真っ黒な世界が広がっていた。
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