第3話
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何年振りかの新幹線に乗り、東京へ向かう車内で俺は単語帳とにらめっこをしていた。隣には親戚の法事で千葉に行くことになった父さんと栄さんがいる。
こんな風に家族でどこかに行くというのも俺にはかなり久しぶりだ。といっても、父さんたちとはこの土曜は別行動なわけだけど。
ぶつぶつと英単語を繰り返し呟く俺の横で父さんがドイツ語で茶々を入れてくる。
「ore原石…原石ore」
「原石…エーデルシュタイン…エーデルシュタイン」
「ああもう、黙って。てか、かっこいいなドイツ語」
睨みつけるとケラケラと笑う父さんはやたらと機嫌がいい。そんな父さんを見ているとチクリと胸が痛む。
年々父さんに会うたびに感じる罪悪感は大きくなっている。成長するにつれ、俺が男を好きであることは明白になってしまったせいだろう。気の迷いだっただとか、そんなことでは誤魔化せないことが分かってきてしまった。
時々、父さんと二人で暮らしてたらどうなっていただろうと考える時がある。
息子がゲイだとわかったら、父さんはどんな目で俺を見るのだろう。想像すると身が千切れるような思いになる。
父さんが俺を差別的な目で見るなんてことは考えられない。そんなこと分かっているのに、信じることが怖いのだ。
自分以外の他の誰かがどう考えるかなんて、誰にも分からない。だから確証なんてものは絶対に持てないのだ。もしも父さんも俺をそんな目で見たら。その可能性を0と言い切ることは俺には出来ない。
受け入れられなかったときの絶望を考えると、信じること自体が怖いのだ。これはただ、俺の自分勝手な保身だけども。
「ちなみに俺、英語も話せるぞ」
「あーはいはい。バイリンガルすごーい」
「ちょっと反応ひどくないすか、瀬津さんよお。あと、この場合はトリリンガルな」
父さんのドヤ顔を無視して外の景色に目を向ければ、一面の田んぼが続いている。これがあと少しもしたらビル街になるとは考えられず、つくづく東京という都市がちっぽけなものなのか実感させられる。都心を外れればそれはただ交通網が発達した小さな街の集まりのようなものだ。俺が住んでいた所もそんな場所だったような気がする。
もう記憶の薄れている東京。こっちでの生活に慣れすぎて正直想像するような東京に自分が住んでいたことがある、ということのほうがなんだか違和感があった。
横浜を通りすぎると、もう外はごちゃごちゃと見慣れない景色になっていた。
小さい頃に組み立てて遊んだ電車のレール、周りにビルに見立てて置いた直方体の積み木、おもちゃの車に入った小さな人間。
そんな作りものの人間から見ればなんて広い世界だろう。周りに高いビルなんて作ってしまえばますます人が小さくなるだけじゃないか。
押しつぶされそうな人間の大きさなんて気にも留めず、車を走らせ電車を動かし道を作って遊んでいた無邪気な頃。
息苦しいな。窓の外に広がる線路と高いビルを見ながら、俺はぼんやりと小さい頃家にあった鉄道おもちゃを思い出していた。
見慣れない景色に単語帳から目を上げ外を眺めていると、あっという間に東京へ着いてしまった。
東京駅からは父さんたちとは路線が違うので別行動になる。心配そうな父さんに栄さんが瀬津ももう高校三年生ですよ、と叱っている。そんな親子のやり取りに苦笑しながら、父さんたちとはいったん別れた。
そうだ、俺ももう大人なんだ、と栄さんが言うように思っていたが、一人になると急にもの哀しい気分になった。
6月になり流石に暑苦しくなった学ランを脱ぎ背中のリュックに詰め込むと、広い東京駅で人にぶつかりながら少し心細い気分で俺は目的地を目指していった。
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