第3話


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 宮原浩二、と男は名乗った。

 常連でないと入る気にならなさそうな地下への階段を下りた先にあるバーで未成年の俺はコーラを飲みながら浩二さんと話をしていた。

 ここも当然ゲイバーの一つで回りの客は全員が男だった。メニューも店員も周りの客も何一つ見かけからは普通のバーと変わらない。きょろきょろとあたりを見回すと、物珍しそうにこちらを見る何人かの客と目が合った。

 「いやあ、それにしても君が、ねえ」

 とっくに成人してるのにハイボールに見せかけてただのウーロン茶を飲む浩二さんは未成年の俺に気を使ってくれているらしかった。そんなところからも彼が怪しい大人ではないことが伺える。

 「でもよく俺の顔覚えてましたね」
 「なんか印象的だったのよね君。なんだろう、あんまり東京なんかじゃ見ない類の雰囲気、都会に汚れてない、流行りに流されてない感じが」

 いかにもアルコールをあおるようにウーロン茶を飲む浩二さん。

 「まあ、うちど田舎なので。田んぼに囲まれて生活してます」
 「へえ〜え、それでいきなりこんなところ来ちゃうんだ」

 にやにやと笑いながら、グラスの氷をカラカラと鳴らす浩二さんは俺には物凄く年上の男の人に見えてしまったけど、都内の大学に通う大学二年の21歳だった。最初に感じた軽そうなちゃらけた感じは、話していて見えてくる誠実さでだんだんと薄くなっていった。

 「興味はありましたよ。こんなことになるとは思ってませんでしたけど…でもこうなることを少なからず期待してたような気はします。このまま一人だと…ぶっ壊れるような気がして」

 それに関してはもう遅いような気もするが。俺は一人で拗らせすぎた。思えば俺以外の同性愛者の人がどんな恋愛をしてるのかなんて何一つ知らなかった。

 カウンター席に座っているので目に入るのは後ろのワインセラーにずらっといれられたワインばかりだったが、ちょっと首を回せば楽しそうに会話する若い男から中年の男性までが見渡せた。みんな、俺と同じ。

 「そう…俺が初めてここに来た時もそんな感じだったよ。ま、その年だとまだまだ人との出会い自体が限られてるからな。普通の人から見ればこの通りはちょっとアブノーマルで危ない通りだろうけど、俺らからしてみれば自分の性癖だとか性別だとかそんなことに偏見も何も持ってない、俺が俺でいられる界隈だよ」
 「そんな界隈で男ナンパしてると」

 そう突っ込んでみれば、浩二さんは諦めたように肩をすくめた。別にそれこそ偏見があって根に持ってるわけではない。

 「そうそう、俺はもともとそういう男よ?」
 「気を付けたほうがいいぜ〜?そいつ男食いまわす二丁目でもどうしようもないやつだから」

 豪快な笑い声と共に後ろのテーブルからヤジがとんだ。振り返ってみれば中年の男が4,5人で集まって飲んでいる。みんなすでに酔いが回っているのか浩二さんを見て盛大に笑っている。

 「おい、せっかく警戒解いてくれたってのに、んな噂流してんじゃねえよ」
 「いや、お前もうすでに見られてんだろ?男ひっかけてるとこ。無駄にあがいても無駄だろ」
 「?でも浩二さん大学でサークル…」

 俺はリーマンひっかけてたことに関しては本当に特になにも思っていないのだけれど、思った以上に周りからの浩二さんへのあたりが厳しいことに驚いていた。

 「浩二さん!!ぶっははははは!さん付けで呼ばれるような人間じゃねえだろこいつ。あっはは」
 「…おい天野、そこの酔っぱらいは無視していいぜ」

 俺の頭を掴むとぐるっと顔の向きを正面に直し周囲に聞こえるくらいの声でそう言った。

 「あとあのサークル、俺名前があるだけでぶっちゃけ顔は出してねえんだ。俺がゲイだって知ってんの会長さんくらいだし。」

 そして耳打ちするようにすぐそう言った

 「つかおっさん、この前振られたばっかなんだろ?俺はちゃんと遊びだからガチにはなんねえの。おっさんは遊びのくせにガチになっちゃうから長く続かねえんだよ」
 「ああ?俺の男を見る目がねえっつうのかよ」
 「そうそう。ろくな男じゃないじゃん、あんたの彼氏っていつも」

 笑って飲んで自分自身をさらけ出して。この空間が俺にはとても新鮮だった。まるでそれが常識のように男の口から彼氏の話が出る。ここには俺が普段感じる気まずさだとか申し訳なさだとか、いわゆる恋バナが始まった時の居心地の悪さというものが本当になかった。

 「ん?どうした?今日はそこのおっさん達が奢ってくれるっていうから、なんか飲みたきゃ飲んでいいぞ。ただしアルコール以外でな」
 「ばか、言ってねーよ」
 「あ…いや、その…なんか新鮮で」

 俺もこんな風に自分を隠すことなく、自分を出せて、そして理解してもらえる日が来るんだろうか。いままでそんなこと一生ないって思っていた。でも、こんなにも楽しそうなんだ。

 「えと、いいなって…こんな風に自分の恋愛の話なんて誰にもしたことなかったし…そうやって遠慮なく話せる関係って、いいなあって…」

 年上に囲まれて緊張しながらたどたどしくそう言えば、酒を飲んだくれていたおっちゃんたちは目を見開いて固まった。

 「おい…なんだよこの子は!お前、お前とんでもないもん捕まえてきたなぁ!」


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