第3話
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「俺はあるよ。ノンケを好きになったこと」
何かを懐かしむような、どこか遠くを眺めるような、そんな目をしてどこまでも優しい声でそう言った。
「きっと人生で一番好きになった人だ。後にも先にもあの人以上に俺が好きになる人はいないと思う。正直今でも忘れられない、いまでも変わらず大好きだ」
大切な思い出を噛みしめるように一言一言を大事に紡ぐその姿を見ていれば、泥沼に沈んでるようだった心に風穴が開いたようだった。今でも忘れられない、そう言った彼の目には暗いものなんてなくて、ただ誰かを愛し慈しむ、そんな温かいものがあった。
「俺もあんたくらいの年の時は毎晩泣いてたなあ」
「げぇ、おっさんが?」
「うるせえ、ヤリ目のお前とは違うんだよ。純粋可憐ボーイだった俺は美しい正統派な恋愛をしてたんだよ」
俺を挟んでおじさんが浩二さんにおてふきを投げつけた。
「油くさいの間違いじゃねーのそれ」
「ああ?誰が油ギトギトのおっさんだよ。とにかくなあ辛いよ、ノンケを好きになるのは。同性だから距離を詰めるのが楽な分だけ、近づけば近づくだけどんどん罪悪感だとか友情に対する裏切りだとかで自分を苦しめることになる」
「………」
「ほぉら黙っちゃてんじゃん。おっさんに引いてるよ?ねえ、あま…ってうわ!?え、何、泣いてんの?え、大丈夫?お酒飲む?え、セックスする??」
「こら!未成年に手を出すな」
涙が自然と流れていることにまるで気が付けなかった。気づけば止まらない涙に俺自身が啞然としている。
「あ、あれ…?」
なんで、止まらないの?なんで…。
距離が近づけば近づくほど、相手から信用されれば信用されるほど、俺は自分を苦しめるだけだった。そう、きっと俺は間違えてしまった。もっと側にいたい、親友でいる限りハルは俺を見てくれる、と欲に負けて。ハルが俺をそういう目で見てくれるわけがないのに。そうして思えばドツボにはまっている。
俺にもいつか来るのだろうか。この人みたいにハルを懐かしんで思い出す日が。それとも欲にまみれた俺が、この人みたいに美しい恋愛をできたのだろうか。
止まらない涙に嗚咽までもが漏れ始めた。俺はここでどこまで恥をかけばいいんだ。
もはや話すことすらままならない俺を見て、最初こそ焦っていた浩二さんが呆れたように溜息をつくと、俺の頭を掴み無言で胸に押し付けた。隣のおじさんからはふふっと笑いが漏れた。
「そうかそうか、ノンケを好きになっちゃったか。辛いよな、辛いよな」
「とりあえずお前はそんなに力むな。すくなくともここにいるうちは。確かにここは普通の世界じゃねぇだろ。でもその代わりここにいる奴はお前と同じような気持ちを味わってる、今のお前の気持ちを理解しくれるんだぜ?平和な世界じゃねえか。辛いこともそりゃあるけど、お前が苦しんでる世界は何も孤独じゃねえよ。ここにいてまでお前は自分が一人だと思わなくていいから、な?仲良くやろうぜ?」
そうぽんぽんと頭を叩く浩二さんの手は暖かかった。今日初めて会った人の胸に顔を押し付けて俺は唇を噛みしめ嗚咽をこらえながら泣いた。
報われない片思いに不毛に頑張ってきた自分を思い出して、それを理解してくれる人に囲まれて、なぜだか涙が止まらなかった。
俺が落ち着くまで浩二さんは嫌がりもせず、ただずっと胸を貸してくれた。
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