第4話


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「んで、せっちゃんよぉ」
「先生までその呼び方やめてくんない?」
「4日」
「何が」
「お前があと休める日数」
「…」

 それはまずいですね。やだ、ウソついちゃって。すみません、よく聞こえませんでした。

 どう返そうにも洒落にならない。何か日誌のようなものに目を落としながら淡々と言う相手に俺は何も言えなかった。そりゃ無遅刻無欠席の人も大勢いるし、1年に何回も休む人の方が珍しい。しかし俺にしては、今の時点であと4日しか休めないのは今までのことを考えるとなかなかに厳しかったりする。

「で、面談だけど。お父さんは」
「お盆には3日、4日帰ると」
「そうか。予定組んでやるから、分かり次第学校来るなり、連絡よこすなりしろよ。俺がいなかったら机にメモ残してくれればいいから」

 HRが終わり、残って勉強していくメンツは楽しそうに話ながらお弁当を広げている。ざわついた教室でいろいろな話が飛び交っている。

「分かりました」

 返事をするなり逃げだす。もしかしたらまだ間に合うかも、とハルを追いかけて。後ろではまだ担任がなにか言っているのが聞こえたけど、正直どうでもよかった。

 部活までの時間を持て余してごった返した廊下の空気は、明日から長期休暇に入るからかいつもと少し違う。流れる時間はゆったりとしているのに、その中を俺は何か焦って駆けていた。だけどその勢いも校門を出たところで虚しく弾けたように消えた。

 迷惑、か。多分そうなんだろうな。

 いつもは休みに入っても部活やら地元のお盆祭りで駆り出されたりで毎日のように顔を合わせていた。それも今年はないんだろう。受験生としてあるべき姿だ。このぎこちない距離感も受験が終わればなくなるのだろうか。でもそれで、俺はどうやって片をつけるのだ。

 昼前に終わった終業式のおかげで日はまだ高く照りつけている。揺らぐ地面からくる、むせかえるような空気は正常な思考を奪っていくようだった。あまりの暑さに辟易する。商店街からは、鈴や太鼓の夏らしい音が小さなスピーカーから流れていた。

 学校帰りの小学生が二人、楽しそうにラムネを買って飲んでいる。透けた水色のガラスと、カランと音を立てるビー玉。二人は顔を見合わせクスクスと笑いあっていた。瓶に浮いた水滴は涼やかな汗のように手首を伝って落ちていく。

「なぁせっちゃん、知ってる?」

 カラン、とラムネの瓶が音を立てた。

 じりじりと照りつける真夏の太陽は地面に映す影を濃くする。どこまでも高く青い空と、意識が遠くなるくらいの蒸された暑さに、いつかのハルの声が頭に響いた。今よりまだ少し高めの幼さの残る声。

 日差しは相変わらず容赦なく肌を刺している。額を伝った汗が流れ落ち、小さなシミを地面に作った。

 せみの声がうるさかった。

 こんな夏の日、抜け出せない夢のように繰り返し思い出される記憶があった。


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