第4話


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「知ってるって、何が?」

 棚田の畔に等間隔で置かれた灯篭にひたすら火をつけて回っている時だった。あまりの単純作業と眼下に広がる火の灯されていない灯篭の数に気が遠くなる。もう何時間も炎天下の中この作業をしていた。

 作業はじめの頃は気を使って話しかけてきてくれていたが、疲れてくればそれもなくなる。

 狭い畔を挟んだ向かいで、同じ作業をしていた樋本晴久が俺に話しかけてきたのはそんな時だった。

 さすがにお互い疲れを隠せない表情でチャッカマンを握りしめている。そんな顔をしている樋本はなかなか珍しい。

 出会って以来完璧を崩さない男の人間らしい顔を見て、コイツも人間なんだななんて当たり前のことを思う。疲れた顔をしながらも、口の端を上げてクスクスと樋本は笑った。

「ああやってバカみたいに素直ぶって、謙遜して嫌な仕事も笑顔で引き受けるとな、たいていの大人はいい顔するんだよ。よくできた子ですねって、うちの子にも見習ってほしいとかなんとか」

 ちょろいもんだよな、と樋本はケラケラと笑った。

 「しかも子供に愛想笑いさせた挙句仕事を押し付けて満足しちゃうんだもんな。自分らが面倒で押し付けただけの仕事なのに。人の苦労なんてろくに考えないで、ただ都合のいい奴がいたって思って。人を都合よく自分の損得で計って楽をしようとする」

 俺は手を止めて隣の男に目を向けた。同じく作業の手を止めて、汗をぬぐっていた樋本の表情はうかがえない。

 良くも悪くも、こんなことを言うやつだとは思っていなかった。

 いつもクラスの中心にいてクラスメイトから、上級生から、先生から、コイツを取り囲むあらゆる人はコイツを一目置いていた。

 いつも愛想よく笑い、話しかければ気持ちよく応えてくれる。常に周囲に目を配り、困っているようだったらなりふり構わず手を貸す。少し荒れている層も押さえることができる、時に教師より頼りにされる存在。

 おまけに文武両道で人目を惹くほど整った相貌。極めつけは旧家の息子だ。

 それが俺の持つ樋本晴久という男のイメージであり、すべてだった。

 だから、今目の前にいる大人へ毒を吐くコイツが俺の知っている樋本晴久とはなかなか重ならなかった。人の悪口も何も言わないような奴だったが、心のうちではこんな風に思っていたのだろうか。

「そう…なのかな」

 別に大人もそこまで考えてないんじゃないの?と思ったことは口にしない。

 不意に樋本がこちらを仰ぎ見ると、心底申し訳なさそうに笑った。それが樋本の言う愛想笑いにはどうにも見えない。胸のあたりがざわついた。

「巻き込んで悪かったな。始めての盆祭りが嫌な思い出になっちゃって」
「嫌じゃない」

 本当に自分がそう思っていたのかは分からないが、ほとんど反射的にそんな言葉が口を突いて出た。身も心も正直疲れ果てている。なんで俺が、という思いも少しはあったはずだった。
 それなのに俺はこのとき一瞬垣間見えた、誰も知らない樋本晴久の心の内に強く惹きつけられていた。


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