第5話


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 特になんの変哲もない日常はあっという間に過ぎ、夏休みがあけた。毎日毎日、勉強しかしてないのだ。あまりに代わり映えのしない毎日だったから、これと言って誇れることもなく、逆に本当にこんな勉強で大丈夫なのだろうか、と不安は募るばかりだった。

 いつもなら新学期に休み明けに友達に会えることは楽しみの一つであったはずだ。それでも今回は、学校に行くと考えると憂鬱な気分にしかならなかった。

 せめてもの楽しみは、夏の模試の結果が帰ってくることくらいだろう。

 もう一度揺れる車内から朝の田んぼを眺めると、大きなため息を吐いた。

 向かいの座席にはハルが座っている。バス停で鉢合わせした時、目を見開き固まったハルが忘れられない。あの日からハルとは一度も会っていなかったし、一言の会話もなかった。

 関係ないだろ、と声が響く。

 朝の光を浴びて、草の青から穂の黄金色が目立ち始めた田んぼはキラキラと輝いて綺麗だった。白鷺が優雅に飛んでいる。視線を前に戻すと当然ながらそこにはハルがいて、俺と同じように窓の外の景色を物憂い気な表情で眺めていた。

 あれ、と違和感を持つくらいにはここ最近のハルに俺も馴れてしまっていたらしい。ハルの両手はだらんと座席に落ち、単語帳を持っているわけでも参考書を持っているわけでもなかった。

 視線は自然とハルのほうへと向かう。見たくなければそういう意識をしないと、俺はいつでも気が付けばハルを探しているしハルを見ているのだ。

 夏の朝はすでに日が高い。日差しに目を細め、力の抜けたハルの表情から気を抜けば目を離せなくなってしまっていた。

 ハルの手がぴく、と動き床を追うように目線が動いた。意図的に俺と目を合わせないようにしているかのようだった。何度か瞬きをし、視線をさまよわせる。その視線は迷いを見せながら俺の前でぴたりと止まった。

 やべ、と思った時にはもう遅い。ハルが俺を見て困ったように顔を崩す。

 「……そんなに見られると…気になる」
 「……うん」

 日に当たり艶を見せた唇が白い歯を見せながら動いた。無理矢理目を逸らすと、ハルがほっと息を吐いた。

 束の間、沈黙が広がる。


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