第5話


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「俺ってやっぱ恋愛向いてないのかなぁ」

 否定も肯定も出来なかった。普段まったくしないような恋愛だとか、愛だとか、恥ずかし気もなく語ってしまった。

 気まずく感じてグラウンドから今度は校舎へ視線を向け、フェンスに背をもたれかけ腰を下ろした。ハルは未だに高い景色を眺めていた。

「…なぁ瀬津、俺がさ…、俺がどこの大学に行こうが落ちようが、そんなんだれも知ったことない話だよな…?」

 初めてハルの口から進路の話がでたのだ。思わず反射的に顔を上げそうになったが、とどまってゆっくりと仰ぐ。

 ハルはポカンとした、本当になにも考えていないような顔をしていた。なんて答えるべきなのか逡巡する。

「俺は…俺は、関係なく、ない。いや、関係ない…?あ、確かにハルがどこを目指してるのかは俺には関係ないよ。でも、その目指してる場所が…その」
「うん?」

 穏やかな声が急かすとこなく降ってくる。

「要するに、ハルが行きたいところに行ってやりたい勉強ができるならどうでもいいし、どこでもいいんだよ。ただ、もし、何かに縛られて自分の進みたい道に進めないなら、どうでもよくない…?ハルのことだから、外野が何を思おうとハルには知ったことない話だし、誰がどこに行こうとその人の人生に何か口出せるほどのもんじゃないし…」
「……」

 ちら、と上を見上げるとハルは宙を睨みながら何か考えているようだった。返事が返ってこないことに不安が膨らむ。

「…うん、なるほど」

 答えるとは違う、頭の中で思ったことがそのまま口に出たような小さな声だった。数分なのか、数秒なのか、俺にはやけに長い沈黙が広がった。ハルはそんなこと気にしないようで、まだじっと何かを考えている。ふっと息を吐く音が聞こえる。

「俺はやっぱり県農第一にするよ」

 座って背をフェンスにもたれかけさせていた俺をふわりと見下ろして柔らかくそう言った。
 県農、地元の県立大学の農学部だ。

「まだ悩んでるところはあるけど」
「…うん、そっか」

 ここから、高校を卒業したところから、別々の道が進んでる。残された時間は本当にあと少しなのだ。

「できれば…俺は一緒に頑張りたいと思ってるよ。俺がどこに行くも、ハルがどこに行くも、俺たちの自由だけど。ハルが頑張ってるって俺も励まされて、お互い頑張れたらいいなと思う」

 ぎこちなかったのはきっとそこの話だ。うまくいかなかったのはこういうことなのだと今、思っている。

 ハルは相変わらず、ぽやんとした何も考えていないような顔をしていた。今何があってハルが志望校を決める決意が出てきたのかは分からないが。

 俺は一人じゃ頑張れない。なんて情けないことは絶対に言わないが、不安とともにストレスがたまるのも事実だった。吐き出せる相手がいないも同然だったのだ。

「うん…」

 はにかみながら答えたハルの笑顔は少し幼くて、あどけなかった。つられて俺も、上を見上げて笑った。

 目の奥のツンとした痛みを心に刻み込む。俺がこの男が好きである証明とも呼べる痛みを。


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