第5話
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晴久side
「詩悠、瀬津になんかした?」
「んー?なぁんにも」
梨をかじりながら間延びして答える、少し老けて見える寝起きの詩悠を見ているとまるで反射のように苛ついてくる。
学祭の時に詩悠に遭遇した瀬津の反応は何か今までより警戒が見えた。顔を引きつらせてさりげなく俺の後ろに隠れるように立ったことを見逃すはずがない。
「せっちん可愛いよねぇ本当。虐めたくなっちゃうよね」
ケラケラ笑う詩悠の言葉に思わず顔をしかめる。いつからだったか、正直もうはっきりと覚えていないけれど、瀬津と仲良く話すクラスメイトを見ていると何かもやもやするのだ。楽しそうに笑う瀬津に何とも言えない気持ちになるのだ。
それが詩悠だったら、そりゃもう抑えきれずブちぎれるだろう。
学祭の日、屋上でただまったりと過ごしていた時に瀬津の携帯が鳴った。
着信先を見て頬を緩めた瀬津は俺に一言入れるが早く、電話に出た。俺の分からない話についてずいぶんと親し気に、笑いながら話していた。相手が男なのか、女なのかも知らないが、普段電話嫌いの瀬津が迷いもせずに電話にでるのは珍しいのだ。
誰だったんだろう、あの電話。
「そういえば、せっちゃんとは仲直りしたの?」
「何が?」
仲直りも何も、喧嘩なんてしてない。
確かに少し何か壁は出来ていた。そしておそらくその壁を作っていたのは俺だ。焦って周りが見えなくなり自分を繕うこともできないほどに無様だったことは記憶に新しい。
「ううん、なんでもない。いいなー友達いてー。俺もトモダチほしぃ。俺だって一緒に頑張れる友達いたらもっと上の大学行けたよ、いやマジで」
もう答えるのすら面倒くさい。だいたいのストレスは好きでもない女抱いて発散してきた男が今更何を言う。無視を決めて部屋に戻ろうと廊下にでると、玄関にトランクにまとめられた荷物があった。それが目に入った瞬間、回れ右をして居間に飛んで戻る。
「お前、今日帰んのかよ!?」
シャリシャリと梨をつまみながらゆったりとこちらに目を向けた詩悠はへらりと笑った。
「寂しい?」
なわけあるか。
「もう新学期始まってんだよねぇ。流石にそろそろ大学行かないとまずいし」
長男のくせして家を継ぐことも何も気にせず自由気ままに東京の大学に進学し、遊び歩いては満足な成績をとってくるクソ兄貴。だいたいコイツが家のことを何も考えてないから、俺がこんなにも不安になる。
「はぁ……早く帰れよ、ほんと」
「ええ、やだ、つれない。晴久って理系だっけ?」
「急に何?」
「別に。まぁ、ほら、商学も楽しいよ?」
誘うようにそう言ってくるが、前後の会話からの脈絡が謎すぎて反応に困る。
「悪いけど、興味ないし」
「うーん、そう」
それなら満足、満足、と顔を崩す兄を見ながら、向かいの席に着いた。詩悠はそんな俺を目を細めてみると大きなあくびをしながら間延びしただらしのない声を上げた。
「別にさぁ、お前、うちのことなんて考えなくていいんだぜ?」
ハルがどこに行こうがそれ自体はどうでもいい、それがハルのやりたいことなら。と瀬津の声が頭をよぎる。お前がどこに行こうが落ちようが誰も知ったこっちゃない、という詩悠の皮肉な声も追いかけるようによみがえった。
「自分だけのことに関しちゃ俺も他人のことなんて考えてねぇよ」
実際はそうできればいいのに、なんていう願望に近いが。
「あっはは。そこまで言えれば十分か。はぁ、かーえろ」
「もう帰ってこなくてもいいけど」
心のそこからそう言うと、詩悠はにやりと笑った。
「まじで帰んないかもな。もう就活も始まるし」
「……あ、そう」
「あ、寂しい?寂しい?」
ウザい。
ビンタを食らわせると立ち上がる。詩悠は相変わらずケラケラと笑っていた。
「せっちんによろしくな〜」
詩悠の口から瀬津の話が出るのに苛立ち、思わず乱暴に閉めた扉の音で軽い声は遮られた。
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