第6話


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 着々と推薦組は合格通知をもらっているらしい。11月も下旬になった。

 「きょどってんな、笹山」
 「うひょぅっ、びびったなんだよ急に。俺の後ろに立つな」

 柄にもなく緊張した顔の笹山は明日が推薦当日らしい。ちょうど進路相談室から出てきた笹山に出くわし並んで歩く。試合でもここまで緊張している笹山は見たことがなかった。

「うは、変な顔。明日それで面接すんのか?」
「うるせぇな。俺だって緊張くらいすんだよ」

 昇降口で靴を履き替えていると、冷たい風が頬にあたる。マフラーも何もしていない首筋が冷えて、ぶるっと身震いした。

「さみぃな、ほんと。もう11月か…そういや瀬津今年は全然休んでないみたいじゃん」
「すごいでしょ」

 自慢げに言うと、笹山は呆れたように笑った。

「お前にしてはな」

 ポケットに手を突っ込み、背中を丸めて歩いた。さみーさみーと頭悪そうに連呼する笹山は割とマジで緊張している。ガチガチに緊張している。

「お前そんな、前日から緊張しすぎじゃね?」
「違うの!これは寒いだけなの!」

 噛みつかれるように返されたが何をそんなに心配してるんだか。思わず笑いがもれた。笹山は推薦で落とされるような人間ではないだろうに。

「俺が以外だったのは樋本が推薦受けないことなんだよなぁ。俺樋本と志望校は同じっぽいんだけど」
「へぇ、学部は違うのか?」
「俺文系だし、教育学部」
「あーいいね」

 確かに面倒見のいい笹山のことだ。似合う。晴久はなんだかんだでまだいろいろ悩んでいるところがあるらしく、一般にすると言っていた。実力で受かりたい、と。最近はそんな話もちょくちょくできるようになったことが純粋に嬉しい。なんて考えていたら寒さに肩を上げながら、笹山が俺の顔を覗き込んだ。

「てか俺割と心配なんだけど、せっちゃん本当に体調大丈夫なのか?」

 相変わらず俺はこのお節介な部長に心配をかけさせているらしい。

「今年はなんか調子がいい」

 ここ数年一ひどい発作が梅雨前あたりにあったからだろうか。その直後に浩二さんに会えたことも影響していそうな気はする。俺の機嫌のいい声を聴くと、笹山は眉を下げて笑った。

「ならいいけど。じゃ、また」
「ん。明日、頑張れよ」
「おう、応援しとけや」

 電車は反対方向だ。にかっと人懐っこい笑顔で手を振る笹山と駅で別れると周囲の温度が少し下がったような気がした。

 一日太陽を見せなかった空は一面灰色だ。乾燥した空気は肌を刺し、やけに静かで淀んでいた。吐き出す息が白くくもる。雪でも降りそうだった。

 運悪くちょうど前の電車が行ったばかりで、次の電車は20分後だ。この寒い中で待つのか、と思うと心底嫌になる。

「あれ、瀬津?なんだ、追いついちゃったか」

 聞き慣れた耳馴染みのいい声が聞こえ後ろを向くと、ちょうど改札をくぐってきたハルが白い息を吐きながらこちらに向かってきていた。面談で残っていたハルより先に学校を出たはずが、結局同じ電車になってしまったみたいだ。

「ん、晴久。おつー」

 都心の駅みたいに待合室がないから、外の寒さからは逃れられない。ポケットから手を出すのも嫌で、ベンチに座っていたら隣にすとんとハルが座った。

 肩と肩が触れるくらい、いつもよりもずっと近かった。密やかな温もりが右半身を温めた。ハルの体に触れるところだけがじんじんと熱を持つ。

「はぁ〜…受験終わったら温泉でも行きたいな」
「温泉か…」
「卒業旅行でも行く?瀬津」

 そういえば、女子がそんなことを話していた。楽しみでもないとやってられないと。

「そうだな…お互い無事に卒業できたら」
「俺は余裕よ。大学さえ決まればなぁ。せっちゃんの出席の方が心配だわ」

 長い足を伸ばし、カラカラとハルが笑った。なんか今日は寄ってたかって俺の出席ばかり心配されている気がする。

 それにしても晴久と旅行…。よく考えてみれば、行ったこともない。どんなものか、と一瞬にして想像が広がったが、行きついた先は心臓が持たないの一択だ。でも、いいかもしれない。きっともうそんな機会がなくなってしまう。

「じゃあ俺がちゃんと卒業できたら行こうぜ?俺あと休めるの4日しかないらしいけど」
「大丈夫なのか、それ」
「出席なんて食中毒にでもならなければ大丈夫だって。楽しみにしてる」

 笑ってそういえば、ハルはふいとそっぽを向いた。

「でも瀬津ほんと…元気になったよな」
「おれ?」

 まあ、確かに。今さっきもそれを思ったところだ。

「よかったよ、俺は。もう…あんな瀬津を見なくて済むんなら…」

 口の中でもごもごとしゃべるもんだから、最後のほうはなんて言ってるのかよく聞こえなかったが、タイミングを見計らったように踏切の音が鳴り始める。
晴久がすくっと立つのに続いて、ホームに並んだ。

もうすぐ12月だ。マフラーに顔をうずめるハルは俺の首元を見ると、カイロを投げてよこした。どうせならマフラーがよかったな、なんて我儘が頭に浮かんだ。


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