第6話
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バスの最終はとっくに過ぎている。結局歩くもの面倒で、何年も前から不法投棄で放置されている自転車を拝借することにした。
「このチャリしか動くのねーじゃん」
「荷台あるしニケツだな」
ペダルを回せばガチャガチャと危うい音がする。
「ニケツで坂行けるか?」
「一応俺たち運動部だぜ?」
俺が心配しているのは体の方ではなく、自転車のほうだったが。
かなり疲れているハルをみかねて、俺がこぐと言うとなぜか止められる。
「俺まじで太ったんだって。逆にせっちゃんは細いし軽いしどんどん痩せてくから、俺がこぐ」
「はあ?筋力は変んねえだろ、俺がこぐ」
確かに体格がいいのはハルだ。でもどうだ。体力も身長もほぼ変わらない。
「もう後ろ乗ってればいいって。ちょっと不安定だけど捕まってればいいから」
ハルはサドルにまたがると俺の手首をもって自分の腰へと回した。ぎょっとしてハルの顔を見ると、俺の気には微塵も気づかないハルは勝ち誇ったような笑顔を浮かべている。
「いや、ちょっと待って」
待たないというように前のかごに俺の荷物を入れると、ハルはもう漕ぎ始めるように地面を足で蹴った。
「うわ、ばか」
こける前には俺もキャリアにまたがるしかなく、仕方なく後ろに飛び乗った。
三月の夜は冷たい風が吹き抜ける。火照った頬にはちょうどいい冷たさだった。回した腕には温かい体温を感じる。
「手冷てえーーー!!」
叫ぶハルと大笑いしながら自転車で駆け抜けた。もうこのささやかな時間が止まってしまえばいい、とそう思う。触れれば触れるほど、踏み込めば踏み込むほど、怖くなる。とうに認めてしまった感情をいまだに実感することが嫌になる。
「今日はこっちの道にします!」
そう叫ぶと、いつも歩く時に使っているあぜ道ではなく、車やバスが通る小さな峠に入った。
街灯はないし道だけは舗装されているが、なにが飛び出してくるか分かったもんじゃない。
「鹿が並走してたりしてな」
「飛び出してくるよりましだろ。バカ、ハル前見ろ」
それなりの傾斜なのに勢いでぐいぐいと人を乗せた自転車を漕いでいくハルは流石だった。膝のケガも普通に走れるくらいには回復しているらしい。
上り坂を行くにつれ、息が上がりハルの体からは汗ばむ熱気を感じ始めた。くらくらしそうになる汗の匂いに必死に意識を無心でハルから引きはがした。登りつく頃には悟りでも開いていそうだ。
下り坂になると、壊れかけのブレーキが耳障りの悪い高音を上げ始め、止まらないスピードに二人して悲鳴を上げた。
「うわあああああ死ぬ!マジで死ぬ!凍え死ぬって!!」
「そっちかよ!?事故死じゃねえのか?ちょ、急カーブ気をつけてぇええ!!」
「うわ!なんか出てきた!」
「それ猪!」
ハンドルにライト代わりに括り付けたスマホが外れそうにカタカタとなっている。俺たちが突っ込む寸前に前を横切った野生動物は俺たちの数倍死ぬかと思ったことだろう。
悲鳴と爆笑で騒々しい声を響かせながら下りきった先で、自転車は曲がり切れずに草むらに突っ込んでいった。がたがたと自転車が飛び跳ねる。
「うお、おおお」
「うぇ、ちょ、これやばい」
急に地面の土にスピードを落とされた自転車は不安定にぐらぐらと進んだが、やがてバランスを崩しバタンと倒れた。
投げ出された先で俺は自転車に挟まれた足を
引っ込ぬき、草のうえに転がった。同じく投げ出されたハルは膝を抱えうずくまっていた。一瞬ヒヤッとした汗が流れたが、その後すぐに豪快な笑い声を上げ寝っ転がったのを見てほっと息を吐く。俺たちは空を見上げて笑い転げた。
冬の星が浮かんでいる。まあまあ綺麗だ。人の住む町の星空にしては十分すぎるくらいには綺麗だ。山の稜線が黒く浮いて見える。澄んだ空に星が涼やかに光っている。冷たい空気が気持ちよかった。
「はあ…はあ…スリル満点だったな」
「もう二度としねえよ」
吐き捨てるとハルが乾いた笑い声を上げた。笑いすぎて、叫びすぎて、乾いた声しか上がらない。
「……さみしくなるなぁ」
大の字に寝っ転がったままハルが呟いた。
目線を動かしてハルのいるほうを見つめる。
ごめん、と心の中で呟くのが常だった。好きになって、ごめん。友達になっちゃって、ごめん。ずっと嘘をついてきてごめん。これからも騙し続ける、本当にごめん。こんな俺を気にかけてくれて、一緒にいてくれて、ありがとう。
どのくらい経っただろう。切らした息がもとに戻っても、見上げた空から目を離せずに地面にくっついたように寝転んでいた。俺たちの笑い声も悲鳴もなければ、染み渡る静けさだ。この時間が終わってほしくない、そんな贅沢な思いさえ愛しい。
まだ起き上がりたくないと言う体を無理に起こし、隣の影に手を伸ばす。
「……帰るぞ、ハル」
躊躇なくとられた手を握り返し、ぐっと引っ張った。その温かさが、その重さが、握られた手の厳つさが、俺のものにはなることのないその感覚が、今だけは俺を許してくれている。
泣きそうになるのをこらえ空を見上げると、細い三日月が目に入った。ちょうど新月の前日だった。
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