第6話
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あまりにもあっけなく高校を卒業したことでいまだに実感がわかない。感傷に浸る暇さえもなかったのだ。四月から東京で一人暮らしが始まるというのに、それさえもまるで自分のことではないように感じる。
ハルから後期日程で合格をもらったという知らせが来たのは一週間ほど前だ。
「せっちゃん明日寝坊すんなよ?」
「あ?なめんなよ」
とか言っていたのに、あろうことか寝坊した。まとめた荷物もろくに確認せずに家を飛び出し寝ぐせまみれでバス停に着いた時にはハルに大爆笑された。
「そんな笑わなくてもいいじゃん」
「いや、ほんとぶれないなと思って。すねんなよ」
「…拗ねてないし」
穴があったら入りたい。なんならスコップさえくれれば自力で掘るところだ。ハルはと言えば、細身のジーンズに体のラインを惹きたてるマウンテンパーカーを着込み、いつも流していた前髪は軽く上げられていた。
直視できず目を逸らしながら舌打ちする。
かっこよくキメてきやがって。校則もなくなったからって調子に乗りやがって。
見ろ俺を、この寝ぐせまみれなうえ目も半開きの俺を。
「ああもう…普通に恥ずかしいわ」
熱がぼっと顔を赤くするのが分かる。顔を両手で覆い、落ち着けるように息を吐き出す。
「瀬津のそれ、癖だよな」
「…なんだよ。別にいいだろ、こっち見んな」
「見るなも何も隠されちゃ見えないんだって」
ハルは襟元に顔を埋めくつくつと笑っている。自分の手がひんやりと気持ちいい。手の甲を頬に当てた。
「はぁ、でも一泊かぁ。俺もっとゆっくりしたかったな。瀬津、明後日からもう学校始まるんだっけ」
「なんかガイダンス」
「なんかってお前、大丈夫かよ」
テキトーすぎてガイダンスの存在を忘れていたくらいにはヤバイ。浩二さんに尻を叩かれてやっと書類に目を通したくらいだ。
ハルが疑うような目で俺を見てくる。
「大丈夫」
「…」
「たぶん」
ハルは俺から目を逸らすと盛大に溜息をついた。別にお前に世話をかけてきた覚えはない。俺は一人でもちゃんとやってこれたし、大丈夫だ。
「もう提出物忘れまくって職員室に呼び出されるせっちゃんは見れないのかぁ」
「いつの話だよ。ここ三年くらいそんなことねぇよ」
「もう授業中に椅子から転げ落ちるせっちゃんも見れないんだね」
「椅子から落ちたことなんて一回きりだろ」
「せっちゃんがみんなにいじられて胴上げされるのも、それで腰抜かすのも、顔面にボール食らうもの、実験中に鼻血止まらなく」
「ねえちょっとストップ。こんなにハルと一緒にいたのに、思い出すの全部そんな俺の痴態なの?」
しみじみとした顔で俺のこれまでの醜態をわざわざ振り返る晴久に思わずストップをかける。だいたいなんでそんなこと覚えてるんだよこいつは。
これだけ聞かされれば俺がどれだけ間抜けな人間なのか思い知らされるが、俺はいたって真面目だったのだ。俺が悪いんじゃない。俺は真面目なのだ。真面目にやった結果、椅子から突然落ちたり顔面にボールをくらったのだ。鼻血に関しては最早どうすることも出来ないだろ。
「はは、まあ瀬津はギャップが激しかったから」
柔らかくハルが笑う。ずっとハルの近くにいたから少し感覚がおかしくなっているのかもしれないけど、ここまで物腰の柔らかい同い年の男は他にいなかった。というか、男子高校生でこの柔和な性格、しゃべり方というのが珍しいのだと思う。開けてみれば、ひそかに毒を持った危ない奴でもあったが。思い返せば、あまり高校生らしくない奴だったのだとあらためて気づいた。
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