第6話
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「そういや、朝の電話誰だったの?」
そんなことを聞かれたのは夕方、遅めの昼食を食べている時だ。幸せそうにうっとりとセックス、と言った浩二さんの言葉が蘇り思わず顔をしかめた。
「え、そんな嫌な電話だった?」
「俺、電話嫌いだし」
俺がメランコリーな気分になっている時に限ってあれだ。空気を読めと言いたい。あの電話に思いっきりペースを崩されたと言っていい。
「そうだよなぁ本当。俺の電話もだいたい居留守使ってたし」
「…あ、あれは居留守じゃないし」
「昨日も言ったと思うけど、俺は瀬津が思ってる以上に心配だったんだよ。電話にもでねぇし」
「…すみません」
晴久の場合はびっくりして緊張して出るまでの決心がつく前に着信が終わることがほとんどだったけど。
「これからは出ろよ?たまには生存確認させろ」
「えぇ…」
それは拷問。晴久の顔をうかがうと、結構怒ったような顔をしていて体が竦む。またちくちくと胸を刺されたような痛みが広がる。気づけば手が手汗で滑るくらいに濡れていた。
「…でるか。もう駅向かう?」
「ちょっと早いけど、そうするか」
少し間抜けな地図アプリに人通りの少ない脇道を歩かされながら、昨日よりも少ない会話に落ち着かない。時々訪れる沈黙はいつもの居心地のよい沈黙とは言えなかった。そう感じるのさえ俺だけなのかもしけれないけれど。
ちょうど西日が差し込んでいる。前を歩くハルの背中がまぶしい。河川敷に桜が咲いているのが見えた。小さな子供が親に押してもらって自転車に乗る練習をしている。
気づけば二人立ち止まり、河川敷の桜を見上げていた。夕日が差し込んだ大きな川は光を反射して視界を悪くする。俺たちの脇を老夫婦が楽しそうにゆっくりと通り過ぎていった。
「そういやもう桜の時期だったんだな」
ハルがぼそっと呟いた。時折独り言のようにつぶやくとき、誰に聞かれるとも思っていない素の声と言えばいいのか、いつもよりもずっと低い声が出る。俺はハルのその声が好きだった。
「うちの桜、今年は見れないな」
門のすぐ脇にある桜の大木。桜なんて他にも咲いているのに、毎年近所の人も含めて花見をするほど綺麗だった。
「瀬津の家の桜、有名なんだよ」
「え、そうだったの?」
「うちにある記録だと江戸時代からあの桜あるらしい」
「なんでそんな記録のこってんだよ、お前の家も大概すげえよ」
はは、と笑うと河川敷に腰を下ろした。無言できらきらとまぶしい川と咲き始めの桜を眺めた。人の手の入れられたここは、川岸も高い位置にある歩道も綺麗に舗装されている。春になって川岸には新しい草が芽を出している。まだシロツメクサは花をつけていないようだった。近くで電車が通り過ぎる音が聞こえる。
なんでかな、ズキズキと胸が痛む。
「あのさ、ハル」
「ん?」
やめておけ、と頭のどこかで自分が自分を止めている。俺もそう思う。このまま何事もなく別れろ、と。なのに、自分で自分を守りすぎるばかりに人を傷つけていた自分が俺はどうにも許せない。
「今まで言えなかったことがある」
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