ネオンの微熱
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単位も落とすことなく進級し、無事に研究室も決まった大学三年の春。高校を卒業したのがつい最近のことのように感じるのに、もうあっという間に二年が経っていた。通い馴れた道をバイクで飛ばしながら、改めて時間の流れの速さを思う。一年後にはもう就活をしていて、さらに二年後には働いているのだ。
「おー樋本、はよ」
「お、笹山。なんか久しぶりだな」
「農学部はなかなか忙しいもんな。そういや今度高校のサッカー部で飲み行くって?」
「そうそう」
「今ちょうど翔平帰ってきててな。行く気なかったみたいだったから、ちょっと喝を入れたばっかで」
一瞬、笹山の言う翔平が誰だか分からなかったが、すぐに風間だと思い出す。相変わらず、風間は笹山にだけはそういうデレがあるらしい。俺が来いっていってもたいていは何かしら理由をつけてこないか逆切れされるまでなのに。
三年間一緒に部活をしてきてもいっこうに馴れず可愛げもなかった同期が、いやいや笹山の言うことには従うさまが浮かび思わず笑った。なんで今回だけやけに乗りよく風間が、と思ったらそういうことだったのか。
「バレー部はそういうの、ないのか?」
なんて聞きながら浮かぶ顔は一人。
笹山は人懐っこい顔を困らせて笑った。
「うちはなあ、基本問題児ばっかだったから」
そもそも県外に進学した奴ばっかだし、と肩をすくめる。
「ま、おたくの天野瀬津が一番の問題児なんだけどね」
聞くまでもなく、もう二年も俺を悩ませる名前が出てきて溜息をついた。笹山はと言えば、俺が悪いとでも言いたそうな目でこちらを見てくる。正直俺が一番会いたい。もう二年も連絡つかないんだぜ?だいたいおたくのってなんだよ。
「へいへい、すんません」
テキトーに笑ってごまかすことしかできなかったが、こればっかりは俺にも分からないのだ。最後に会った時が、あれだ。
「せっちゃん大丈夫かねえ。ほんとに樋本もわかんないの?」
「一応生きてはいると思うよ。連絡するのもなんかわざとっぽくて全然してねぇけど」
まぁ嘘だけど。何をどういうきっかけで連絡を取ればいいのかが分からない。気にしているのは俺だけなんじゃないか、なんて思ってくる始末だし。瀬津のことだから、もしかしたら本当にただ俺からのメッセージに気づいてないだけかもしれないし。
「でも以外だったな。せっちゃんが樋本のこと蔑ろにするとは」
「蔑ろ言うなあ〜」
「はいはい、泣くな泣くな」
そりゃさぞかし不思議だろう。高校時代の俺と瀬津を知っている人からみたら、俺たちがいまや音信不通になっているなんて思いもしないはずだ。きっとあのことなんだろうな、と心あたりはある。今でもはっきりと思い出せる、夕日にあたった瀬津の顔。どこか切羽詰まって震える口元。
俺、ゲイなんだ。
そう言った瀬津はどんな顔をしていた?
ああ、やめろ。今、思い出すんじゃない。外面が崩れる。人とコミュニケーションを取らなきゃいけない時に思い出すもんじゃない。それしか頭になくなってしまう。
瞬時に首を振ってストップをかけないと、どこまでも思い出してしまいそうだ。そんなことで頭をいっぱいにしても、俺にはどうしていいか分からない。ただ、会いたい。
「ちょ、樋本?そんな、いや、瀬津も大概ひどいとは思うけど。目据わってんぞ。見つけ出してとって食うみたいな顔してんぞ」
「ああ、いや。大丈夫、これは…今日これから畑めんどいなって顔だから」
「おいおい…学校のアイドル様様が。俺こないだ樋本紹介してくれって頼まれたんだけど」
「誰?女?」
「いや口悪ィな。そりゃ女の子に決まってんだろ」
女の子に決まってる、ね。俺もそうだと思ってた。
「…テキトーに流しといて」
「お前も案外手がかかるよな」
笹山が呆れたように肩をすくめた。末っ子体質の俺と違い、どこまでも兄貴体質の奴だ。ほんとにいい奴、なんて思いながら、笹山とは駐車場で別れる。
女の子に告白されるのが普通か。普通ね。
笹山と別れた後も、何かが心の中で引っかかっていた。
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