ネオンの微熱


← 79/127 →
 明らかに肩の力の抜けた俺を見て、風間が眉を上げた。

「樋本…天野と会ってないのか?」
「んー別に」

 なんとなく会ってないと言うのは俺のプライドが許さなかったので曖昧に誤魔化す。ひょっとして俺の話とかしてないのかな、なんて期待を持つのもおこがましくて嫌だ。それでも気になるものは気になるのだけど。

「まあ、あいつ基本ラインとかも返さないしな」
「そうなんだよ‼」
「うおぉ」

 風間がぼそっと呟いた言葉に、俺だから返さないんじゃなく瀬津だから返さないのだということが分かって、やたらと大きな声が出た。そうだ、やっぱ瀬津はそういうところ本当にめんどくさがりだから、だから。

「でも瀬津こっちに全然帰ってこないしよぉ」

 もし帰ってきたのなら。狭い世間の話だ、すぐに分かる。なのに、もう二年顔を見せていない。これは普通に問題だろう。栄さんをずっと一人にする瀬津も瀬津だ。

「ああ、それは俺も帰れって言うんだけど…」

 以外なことに、人間関係に基本冷めていた風間でさえ瀬津のことを心配しているらしい。それどころか風間が誰かを心配するなんて、少なくとも高校の頃には一回も見たことがない心遣いだ。

 瀬津は近寄りがたい雰囲気を持っているのになぜか、人の懐に入り込むのがうまいというか、やけに可愛がられるのだ。確かに馴れてさえくれれば人懐っこい奴なのだが。

「全然俺の言うことは聞かねーし。ま、実際忙しいみたいなんだけど」

 ふっと笑った風間の顔は、唇の端を歪めただけのようなもので、一見笑っているようには見えない。相変わらず作りもののように均整のとれた綺麗な顔で、愛想笑いにも満たない笑い方をする。でもこの笑顔は高校時代、風間が可愛がっていた後輩に見せていたような笑顔と同じで。

 ?なんだろうか。
 俺はそれを見た時、どこかちくっと刺されたような痛みを感じたのだった。

「そろそろ戻るか。酔いもちょっとは覚めたし」

 もうすっかりもとの顔色に戻っている風間は、いつもの通り厳しい目つきで若干眉間にしわを寄せていた。それが通常とはいえ、よく柄の悪い連中に喧嘩も売られずにここまでこれたなと思う。温厚をそのまま形にしたようなお目付け役の笹山が近くにいたせいか。

 店内に戻っても、俺は風間が瀬津と会っていること、今まで連絡もつかなかった瀬津の存在をちゃんと確認できたことに気を取られまったく酔えなかった。

 やっと瀬津の情報をつかめたというのになんだかもやもやするばかりで、頭の中では最後に会った時の瀬津だけがちらつく。言うだけ言って会わないなんて、ひどい。それで俺にどうして欲しかったんだよ。俺はどうすればよかったんだよ。俺は何か間違えたのか?
 会いたい、話したい、知りたい。顔を見たい、笑ってほしい。笑っていてほしい。

「なんで俺には会ってくれないんだよ…」

 ひょっとして風間も知っているのだろうか。瀬津の秘密を、震えながら恐る恐る言ってくれたあの秘密を。余計に胸がざわついた。どこに向ければいいのか分からない感情はだんだんと瀬津への怒りに変わっていく。

 覚えとけよ、あの野郎。俺のこと無視しやがって。俺に散々心配かけさせやがって。忘れたなんていったら許さないからな。

 不敵に笑った俺を見た同期がびっくりしてお冷を差し出した。残念ながら酔ってはない。お前らは知らないだろうけど、樋本晴久はいい子ちゃんじゃない。俺がそれを見せられるのは、天野瀬津、ただ一人なんだ。


← 79/127 →

目次
Top