ネオンの微熱


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 昼時を過ぎ空席の目立つ学食で、俺は会うはずのない顔を目の前にただ黙々と激辛カレーを食べていた。

「おい浩二、お前聞いてないだろ」
「なんで俺があんたの愚痴を聞かなきゃいけないんだよ。だいたい何してんの」
「仕事。今日は仕事でこっち来てただけだから」

 目の前の男はいかにも優秀そうな銀のメタルフレームの眼鏡をかけ、清潔感のある短髪は堅くないくらいの七三に分けられている。ぱっきりとスーツを着込み、わざとらしいくらいにデキる男感に溢れていた。もはや一周回って胡散臭さすら感じる漫画のように整ったスタイルにも嫌気がさす。

「あ、そう」
「ほんと、俺には冷たいなぁ」
「うるせぇ、さっきからお前の足が当たって痛ぇんだよ」

 この野郎、脚の長さを見せつけるように俺の方まで足を投げ出してくる。しかも靴も先端のとがってるやつな。もう悪意すら覚える。

「で、なんだよ」

 だいたいこいつが真面目に話を持ち掛けるということは、心あたりは一つだが。面倒くさい。ああ、クソ、面倒くさい。

「うん、来週ちょいOB挨拶なるものを頼まれてんだけど、代わりにやってくれないかね、浩二君」
「ふざけんな帰れ」
「頼まれてくれよ、俺も今後輩に手こずってて、あんま仕事休みたくないんだ」

 こんなことを言って、こいつはいつも面倒ごとを俺に押し付ける。あの一見怪しげなサークル、架け橋だとかいうやつの元会長だ。

「俺は知ってるぞ?お前がそう言いながらも引き受けてくれること」
「やんねえから」
「チッ、クソッ」
「だいたい俺ギリギリOBじゃないんじゃねぇの?大学は卒業してるけど内部進学だし。除名した覚えもないんだけど」
「大学をでたら同時にOBに入る制度にしてんだよ。俺の独断だけどな」

 どこまでもこいつは腹が立つ。冷ややかな目に近寄りがたいオーラがあるのはただの見せかけだ。中身が中身なだけにコイツのこと好きになった女はほんとかわいそうだと思う。まあ、こいつがゲイであること含めて、かわいそうだと思う。

「だいたいほら、お前俺がやらせ…頼んだ仕事がきっかけでなんかすっごい懐いてくれてる子もいるじゃん」
「は?」

 俺は見た目がヤンキー崩れと言われてるし、それにこいつのように見た目麗しいわけでもない。だいたい後輩には怖がられてろくに話せたことがない。俺に懐くもの好きなんて、正直一人くらいしか知らないけど。
というかこの人、俺に仕事押し付けてる自覚はあったのな…。

「ああ、もうずいぶん前だけど。いつだったけ、確か浩二がまだ二回生の頃」
「あ、もしかして瀬津のこと?」

 あれ、あの勧誘もこの人に押し付けられたんだっけか?
 というかもう三年もたつのか。いまだに顔を合わせるたび、何か悪だくみでもしてそうな笑顔で浩二さん!と駆け寄ってくる瀬津は、まあ確かに可愛いっちゃ可愛い。そりゃ俺も可愛がってるしな。

 確かに、あの時俺が勧誘を頼まれてなかったらこんなことにはなっていない。初めて会った時の、海の底にでも沈んでいたような目が今では一変しているのだ。たまに見せる影は相変わらずだったけど。

「おお…。浩二が先輩の顔してる…ふっ」
「笑ってんじゃねぇよ」

 ごすっと投げ出された足を蹴れば、先輩は余裕の表情で足を引っ込めた。

「坊ももう三年かぁ」
「じじぃか。…え、入間さんもう行くの?」

 スーツの襟を正しながら立ち上がった先輩を思わず引き留めるように見上げてしまった。名前を呼んでからしまったと思うがもう遅い。
180を超える長身で俺を見下ろす切れ長で厳しい目つきは、今は緩められ驚くほど優しかった。

「そういうときは名前で呼んでくれると俺的にポイント高いんだけどなぁ〜。まあいいや、どうせベッドの上だと…ぐっふ」

 直撃した腹パンでせき込む先輩を見てざまあと笑う。調子に乗られたら困るからな、俺が。この絶倫が。

「いってぇ…ま、考えといて。最悪手伝いだけでいいから」

 去って行く先輩の後ろ姿を見ながら思う。昔はもっときりっとぱきっとかっこよかったんだけどな。ま、今のあの人が嫌いなわけじゃないけど。

お前もいい加減遊び歩くのやめろよ、なんて善人面で言ってきたのもだいぶ前になるが、正直先輩の相手をするのが一番ヤバイし危険なんだよ。タネ無しのおっさんとやってるほうが身の危険は感じないし気が楽だったわ。

 はぁ〜あ。俺もすっかり優等生。夜遊び歩くのも結局入間さんに矯正されたし、なんなら学歴までも完璧だろ。難関大学院卒の予定だぜ。あー働きたくねえ。
研究室まで戻るのも面倒で、机に突っ伏していればポケットのスマホが振動を伝えた。開いてみれば、あの生意気な後輩、瀬津から借りた教科書を返したいと連絡が入っていた。まったく先輩の使い方を心得た野郎だ。


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