ネオンの微熱


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笹山が珍しく気まずそうな顔を向けている。耳を疑う、とまではいかないけど、俺もそれなりに衝撃ではあった。

「え、男?」
「あ…うん」

考え込むような表情を見せると、慌てて笹山が被りを振った。大柄な笹山がそんな風に動くと見た目は賑やかだが、本人はうろたえ焦っている。

「あ、あ、ごめんな、樋本。俺もただの噂だって思ってたんだけど。なんか本人がそんな隠すタイプじゃないみたいだし」
「うん、それで」

学科は違うから俺は知らないが、同じ農学部の 男で俺に気がある、というやつがいるらしい。あくまでらしい、というのはそんな噂が立っているというだけの話だ。いつものようにまた女からの伝言かと思ったが、笹山から聞かされたのはそんな話だった。

「まあ…その」

おおかた頼まれたのだろう。断れない性格の笹山だ。しかし俺が毎度疑問の思うのはわざわざ笹山を介す意味だ。直接言いに来ればいいのに。そんなに俺の評判がいいのなら、俺だって傷つけるような返しはしない。周囲のイメージがいいのであればそれに乗らない手はない。

なんて思って、こういうところがクズなんだよな、と自分に呆れる。傷つけないはずがない。何だって俺の答えはノーだろうし、人の好意を無下にするのはされるほうもだが、するほうもそれなりのダメージがあるのだ。断るのなら断るで俺も痛みを持つべきなのだ。

「その子、名前なんていったけ」

男を好きになるということは、いわゆるゲイなのだろうか。俺は彼の恋愛対象になっているということか。男が惚れる男ってどんなだろう。どんな風に映っているのだろう。

「木下っていってたと思うけど。でも学部は同じなんだろう?聞いたことないのか」
「さあ…共通の授業受けてたの、一年の時だけだし」
「まぁ、たぶん俺が何か首突っ込むでもなく、たぶんなにかしら向こうから来るんじゃないか?けっこうごりごり行くタイプだったし」

笹山が何か心配そうな顔をしていた。笹山はどう思っているのだろう。同性を好き、という人に対して笹山はどんなふうに考えているのか。
それを考えてふと怖くなった。これでもし、笹山が否定したら…?
俺の頭に浮かんだのは紛れもない俺の親友、かつて俺のことを引きつった顔で悪友だと言い切った、瀬津だ。

笹山がその木下というやつを否定すれば、それは回りまわって瀬津を否定しているのではないか。対等な友達として男と接してきた瀬津は笹山のことをどう思っているのだろう。きっと尊敬している。そんな男に自分を認めてもらえなかったら、どれだけ苦しいだろう。それを考えることはどれだけ怖いだろう。
そして、笹山の口からもし、そんな拒絶の言葉を聞くことになるのであれば。

ゆらゆらとどっちつかずの感情が揺れている。俺はどんな目で何を考えればいいのか。

「樋本も付き合ってる人がいればそんなに狙われることもないだろ。付き合いたい人とかいないの?」
「うーん…」

笹山が素で不思議そうに聞いた。
自分でもさすがに二十歳を超えて不安に思ってきているのだ。そりゃ、欲求不満はある。俺だって男なのだから性欲がないはずがない。でもいざ誰かと付き合うと考えると、面倒くさいが勝ってしまうのだ。付き合いたいと思う相手がいない。セックスしたいヤりたいと思っても、そこに個人へのこだわりがない。最低な男だと思う。

無言になった俺の困った表情を見て取ったのか、笹山はそれ以上何かを言うことはなかった。


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