ネオンの微熱


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木下に呼び出されたのはそれから一週間後のことだった。畑で一日作業をしてきた土臭さと、どろどろになった作業着。おまけに顔までもが汚れているひどい状態の俺に対し、木下は獣くさいつなぎ姿だった。

「俺、畜産の木下っていうんだけど」
「うん、知ってる」

知ってる、といった瞬間木下が驚いた表情をし、そのあとすぐにパッと嬉しそうに顔が輝いた。赤くなったり落ち着かない木下は、本当に俺のことが好きらしい。恋をしている顔。男に向けられるのは初めてだった。嫌悪感はない。

「あのさ、ほんと突然でごめん」

中世的な顔立ちに、男にしては華奢な体つき。恥ずかしそうに目を伏せる木下はひかえめに言っても可愛いかった。

なんとなく、思い出した。こいつ女子にかわいいかわいいって言われて、男子とはあんまり関わらないことで噂されてた奴だ。一年の頃からずっとつるむ相手は女子で、でも本人もそこになじんでるから男子から嫌なことを言われたりはなくて。ああ、そうだ。逆になじみすぎて目立たなかったんだ。こいつが木下だったんだ。

「俺、実はずっと樋本のことが好きで」

俯きがちで頬を赤らめる木下が覚悟を決めたように顔を上げたと思ったら、思った通りの言葉を口にする。その言葉は俺の耳に機械的に流れ込み機械的に処理された。

こんな言葉もう何回目だろう。俺はまだ一度も好きって言葉に愛しさを感じたことがないんだ。誰かから告白されるたびに、期待している自分がいる。ひょっとしたら好きになれるんじゃないか、と。

俺は別にゲイってわけじゃないらしい。
男が好きなわけでもない、ただ人を好きになれないろくでなし。
ふと思った。
瀬津は…。

目の前の木下と瀬津が重なった。瀬津は木下よりもずっと背は高いし、見た目からも似ているところなんてないのに。

肌の白さやきめ細かさ。スッと伸びた切れ長の一重。本人は重い瞼にいい思いはなかったみたいだけど、どこにいても涼しい気な雰囲気が俺は好きだった。何が生み出すものなのかは分からないが瀬津にはなぜか消えてしまいそうな儚い印象があって、そんな雰囲気なのに本人に自覚がないほどの天然で。

…なんで、なんで、俺じゃなかったんだろう。
ぽん、とどこからともなく疑問が湧く。
俺、男が好きなんだ。と震える声で言う瀬津の声が蘇る。意を決して俺に言ってくれたことだろう。でもその時俺の頭に浮かんだのは、じゃあ俺は何?というどこまでも自分勝手な疑問だったのだ。

俺だって男だ。俺だって男だ。でも瀬津は俺を選ばなかった。


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