ネオンの微熱


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 入間薫は危険な男だ。

 見た目は完璧、中身も完璧。それだけでもううさん臭さ満載。あと確か空手だったか柔道だったか忘れたが、武道の有段者でもある。危うい修羅場で刺されそうになった俺を助けたことがあった。お節介で、放っておいてほしい事情にまで一方的に首を突っ込んでくる。そんなただの偽善者。

 馴染みのバーで仕事帰りの入間さんを待つ。マイノリティのバーではない。ただの一般的なバーだ。程よくざわついた店内で、気持ちよい音量で雰囲気のある音楽が流れている。ボックス席ではなくカウンターで出された酒をちびちびと飲んだ。腕時計を確認する。もうすぐだ。

11時過ぎ、ベルを鳴らして入口のアンティーク調の扉が開いた。スーツに身を包んだ入間さんがゆったりと入ってくる。カウンターの一番端に座った俺を見つけると緩く笑い、テーブルの角を挟んで俺の隣に腰かけた。

「やあやあお疲れちゃあん」
「あんたほんとしゃべると残念だよな」

 メタリック縁の眼鏡に切れ長の目元は常に涼し気だ。仕事もきっとできるんだろうな。てきぱきと仕事をする様が目に浮かぶ。

「で、俺の頼み事は聞いてくれる?」
「やればいいんだろ、やれば」
「さっすが浩二くん、わかってるぅ!」
「うざい」

 ほだされる俺も俺だが。

 決定的な何かがあったわけではないのに、なぜか俺は昔からこの人には頭が上がらなかった。入間さんからの頼みを俺が断ったことはないんじゃないだろうか。毎回俺が受け入れられるぎりぎりのところをついてくるのだから躍らされてるようなものなんだろう。正直断るのが怖い、というのが本心だ。

「嬉しいからお酒おごっちゃう」
「やったぁ」
「棒読みすぎか」

 とはいえ、こうして毎回何かしらの形でお礼をされるのは嫌ではない。結局いつも酔って気づけば入間さんの家に連れていかれているのはどうかと思うけど。

 先輩の頼んだカクテルを飲みながら珍しく俺は考えていた。きっと今日もこのまま帰ってヤって、ほんの一瞬だけ恋人のような甘い時間を過ごして、そしていつものようにまたなんの音沙汰もない日がくる。俺から先輩に連絡を取るのもなんか癪だし、どうせこの人から連絡が来ないかぎり俺は先輩に会うこともない。

 昔はセフレだった。別にそのままでよかったのに。情なんて絡めないほうがずっと楽でいい。「俺だけにしとけ、どこの誰だかわかんねぇ奴ひっかけて暴力ふるわれるなんて笑えねえよ」なんて軽々しく言いやがって。そんな言葉を間に受けて、縛られて。おかげ様でここ一、二年はあんた以外に抱かれてもねえ。そのくせ恋人ではないようなこの関係。

 正直言うと、足りない。

 会えて週一。先輩の仕事の都合で一か月に二度ほどしか会えない時もあった。セフレだったらもっと都合よくヤらせてくれるのに。誰だってよかったし、なんなら先輩よりも都合のいい男のほうがいい。なのに、呪いのようにあの言葉に縛られてどうにもこの人には嫌味を言うくらいしか出来ない。

 自分で自分に笑ってしまう。俺が求めているのは快楽か安定か。どちらにしても、俺は満足をしない。空いた隙間が満たされればいいのだ。欲求不満にセックスを、寂しい夜には愛情を。誰だっていい。都合よくそんな俺に無条件に付き合ってくれたらそれでいい。

 そう思っていたのに、どうだ?振り回されてるのはこっちじゃないか。全然足りねぇんだよ、セックスも、愛情も。もっと無条件に俺を愛して。もっとおかしくなるくらい俺を犯して。

 結局この人以外に手を伸ばせず、悶々とした思いを抱えながら自問自答を繰り返す。
 口約束なんて信用の欠片もない。どちらが裏切ろうとバレなきゃいい。知られたところで意味がない。もともといくらでも誤魔化しのきく抜け道だらけの関係なのだ。俺たちの関係を証明できるものも物理的に縛れるものも、そんなもの何もないのだから。

 ヤりたいだけなら昔のように男ひっかき歩けばいい。出会い系にでも登録すればいい。そうすればいつだって困らないだろう。ヤりたいときにはいつでもヤらせてくれる、慰めてほしいときにはいつでも慰めてもらえる。それが不特定多数で何が悪い。俺が良ければそれでいいのだ、なのに。

 入間さんが怖い。

 俺がもしまたそんなことをして遊んでいたとしたら、もしそのことを知ったら、この人はどうするのだろう。もう俺を救い上げようとはしないだろう。捨てられるだろう。その知的な目で、その完璧な頭脳で、きっと俺を心の底から軽蔑する。

「浩二」

 一杯目なのにもうほんのり頬を赤くさせた先輩が、欲に濡れた目をして陶然と俺の名前を呼んだ。ああ、もうそんな時間だ。

「場所、変えようか」

 夜が、始まる。


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